第10話「甘い誘惑、苺のタルトは蜜の味」
皆様、いつも「紅き指輪の執事」を応援いただきありがとうございます。
前回、ついに自らの命の鍵を握る「魔王の心臓」の真実を知った愛梨。その重圧と恐怖は、計り知れないものでした。
けれど、ベリトは言いました。「私に甘えてください」と。
今夜は、緊迫した魔界の抗争をひととき忘れ、二人の閉ざされた部屋で繰り広げられる、甘く、そして少しだけ危険な「ご褒美」の時間をお届けします。
悪魔が用意した「蜜の味」とは、果たして……。
部屋に戻ると、そこはすでに私の知っている「自分の部屋」ではなかった。
カーテンは優雅に引かれ、机の上にはいつの間にか純白のクロスが敷かれている。そしてその中心には、夕陽を反射して宝石のように輝く、真っ赤なイチゴのタルトが鎮座していた。
「お帰りなさいませ、愛梨様。……さあ、約束の『ご褒美』の時間です」
ベリトは燕尾服の裾を軽やかに翻し、私を椅子へとエスコートする。彼がティーポットを傾けると、ふわりと甘く、それでいて高貴な香りが部屋中に広がった。
「美味しそう……。これ、ベリトが作ったの?」
「主様のためですから。魔界の最高級のハチミツを隠し味に使わせていただきました」
私はフォークを手に取ろうとしたけれど、ベリトの白手袋をはめた手が、そっと私の手を制した。
「……執事のいる前で、主様の手を煩わせるわけにはいきません」
彼は迷いのない動作でタルトを小さく切り分けると、フォークを私の口元へと運んできた。
「さあ、お口を開けて。……あーん、です」
「えっ、ちょっ……! 自分で行けるってば!」
「いいえ。昨夜の恐怖を乗り越えた貴女への、私からのささやかな献身です。……拒まないでいただけますね?」
眼鏡の奥の紅い瞳が、逆らえないほど甘く潤んでいる。私は顔が火を噴くほど熱くなるのを感じながら、観念して小さな口を開けた。
――甘い。
イチゴの酸味と、とろけるようなクリーム。そして、経験したことのない深い蜜の味が口の中に広がる。あまりの美味しさに思わず頬が緩んだその時、ベリトの指先が、私の唇の端をそっと撫でた。
「……ふふ、やはり。お菓子よりも、それを味わう貴女の顔の方が、ずっと甘美ですね」
ベリトは、自分の人差し指についた純白のクリームを、愛おしそうに見つめた。そして、私が止める間もなく、彼はその指を自らの唇へと運んだのだ。
「っ……! な、何してるの……」
「失礼。主様の一部を汚したままにしておくのは、執事として看過できませんでしたので。……ふむ。やはり、最高級の蜜にも勝る味わいだ」
彼は舌先でゆっくりと指を拭うと、恍惚とした表情で細められた紅い瞳を私に向けた。その視線は、もはや「執事」が主人に向けるものではない。獲物をじっくりと味わい尽くそうとする、悪魔そのものの色を孕んでいる。
「……ベリト、もういいよ。あとは自分で食べるから……」
「いいえ、愛梨様。夜はまだ始まったばかりです。貴女の心臓(指輪)が、あんなに激しく鳴っている。……それほどまでに、私に甘やかされるのが心地よいのですか?」
彼は私の椅子の背もたれに手をかけ、逃げ道を塞ぐように顔を近づけてきた。部屋を照らすのは、彼がいつの間にか灯した数本のキャンドルの炎だけ。揺れる光の中で、彼の銀髪がさらりと私の肩に触れる。
「心臓の音を鎮める魔法が必要でしょうか。……それとも、もっと激しくされるのがお望みですか?」
ベリトの低い声が鼓膜を震わせ、私は指先一つ動かせないまま、その熱い吐息に囚われていく。横浜の夜の静寂が、私たちの間にある「契約」という名の甘い拘束を、より一層深く、色濃く染め上げていった。
第10話をお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、いつになく積極的なベリトの執事……いえ、悪魔としての独占欲が漏れ出してしまった回でしたね。
「あーん」からの指先への口づけ……書いているこちらまで顔が熱くなるようなシーンでしたが、愛梨とベリトの距離が、契約を超えて「魂」のレベルで近づいているのを感じていただけたでしょうか。
しかし、甘い夜の静寂は、時として嵐の前触れでもあります。
ベリトの言う「もっと激しくされるのがお望みですか?」という言葉に隠された真意とは?
次回、第11話。甘い余韻に浸る二人に、新たな影が忍び寄ります。どうぞお楽しみに!




