忠弥部長〈新歓編〉
忠弥部長は舞台袖でこってぃーと最終打ち合わせをしている。もう終わるようだ。
「司会の内容も大丈夫そうだね、最後の挨拶は部長にタイミング任せるよ!」
「OK、じゃあ行こうか」
部長が真上にある放送室に合図を出すと、舞台のバックライトが点いた。
続いて楽器を持った待機列の前方に向けて部長から合図が出る。舞台に入ってよし、その合図を見てコントラバスを抱えた丸ちゃんから順に舞台へ上がっていく。
3月になってから思いついた割には、うまく本番に持ってこられたはず。
いよいよ体育館での新歓コンサートが開幕する。
○○○
新歓コンサートから遡ること約1か月。
望は部長とともにバドミントン部の練習場所を訪れていた。
「栞奈、キャプテンってどの人?」
バド部所属のクラスメイトに声をかけて確認する。彼女には事前に話を通してある。
「今向こうでポール立ててる人、って言っても分かんないか、一緒に行くよ」
「ありがとう!助かる」
「キャプテン、昨日話してた吹部の人たちです」
「栞奈ありがとう!」
栞奈はキャプテンに一礼して元いた場所に戻ってしまった。
「はじめまして、吹部の部長の松本です」
「足立です」
部長と一緒に来るなら副部長のリチャードが役職的には適任だが、体育館を借りたいと言い出したのは望だったし、女子キャプテンに話を通すなら女子も行った方が良いだろうということでやって来ていた。
が、その必要はなかったかもしれない。
「噂の部長さん、直接話せてうれしい……!」
交渉するまでもなく、バド部のキャプテンはすでに”こちら側”だった。
「バレー部は外コート使えるし、バスケ部は週1回休みの日があるからその日に借りれば問題ないんじゃないかな!うちは練習なしにするよ」
「僕らの事情でお休みにさせてしまうのは申し訳ないんですが……」
「いいのいいの!演奏見てみたいから!そういえば部長さんは楽器何やってるの?」
「トロンボーンをやってます」
「長くてスライドするやつだよね!かっこいい~!」
「いえいえ、僕は高校から始めたのでまだ格好良く演奏はできなくて」
「え~っ高校からなの!?それで部長になるなんてすごい!」
これは会話が延々と続くやつだ。こちらから切り上げて部長を連れて帰らないと。
「あの~、体育館借用書だけちょっと見せてもらっていいですか?書き方を見たくて。それが終わったら私たちも練習に戻ります、みなさんの時間奪ってて申し訳ないですし」
「あそっか、そうだよね、ちょっと借用書取ってくるね」
何はともあれ、場所の確保はすんなりできた。
あとは急いでこれまでの曲目を復習して校内コンサートレベルに仕上げないといけない。
ついでに部長には、もっとレベルの高い塩対応を身に着け……たらそれはそれで困ったことになるかもしれない。今のままでいいか。
○○○
大きなミスや事故もなく新歓コンサートが無事終了したことに、谷町は安堵していた。1か月の突貫工事にしては上出来だったと思うし、観衆も想定の倍はいた。某司会の男子生徒を見つめる女子が少なからずいたのも、最前列で演奏する谷町からはよく見えていた。
しかし同時に、一つ気になったことがあった。
楽器を片付けに体育館から音楽室まで戻ったところで望を見つけた。体育館の手配からコンサート準備から運営に至るまで、一番頑張ってくれたのは彼女だ。
「望、お疲れ様!ところで、なんでフロアの最前列のど真ん中に3年生がいたのか知ってる?」
参加者を新入生に限っていなかったとはいえ、正直3年生が一番いい場所にいるのは想定外だった。来年もやるとすれば「最前列は1年生限定」のような制限をした方がよさそうだ。
「あー、バド部の人たちね。体育館借りたいってお願いしに行った時に『演奏見たいから』って言って秒でOKしてくれたキャプテンと、その友達じゃないかな。本当に聞きに来て、しかもあそこを陣取るとは思ってなかったけど」
「話通すときに忠弥部長が愛嬌振りまいた感じ?」
「いやそこまででもないかな、キャプテンは初めから部長のこと知ってたっぽかったし」
「そんなに有名なのか、じゃああの人たちファンってわけだ」
「間違いないね」
てっきり体育館を借りられたのは望のおかげだと思っていたが、これは部長のおかげだと言わざるを得ない。谷町は部長のパワーを見くびっていたようだ。
○○○
新歓活動は、コンサートも含め概ね成功したと言ってよいだろう。
なにしろ新入部員が20人も入ったのだ。谷町の同期が入部時点で15人、一つ上も大体それくらいだったらしいことを思えば進歩である。
入部会と幹部会議の後、音楽室に最後まで残っていたのは部長と谷町だった。
「それにしてもたくさん部員が入ったな」と部長が呟く。
「うん、我ながら新歓は割とうまくいったと思うよ」
「新歓は、って何?他に何かうまくいってないことあったっけ?」
「……いや、部員の比率を考えたら、これでよかったのかなって気がしてさ」
「比率?」部長が首をひねる。「経験者がちょっと少ないと思ってる?」
「それもあるにはある。でも経験はそんなに重要じゃないって、あなたが実証してる」
新入部員の4割が未経験者というのは、高校の吹奏楽部としてはかなり多い方だろう。とはいえ忠弥部長のように1年で経験の短さをカバーしてしまう人も存在はするので、今すぐに心配することではない。夏のコンクールは3年生に支えてもらいつつ、その裏で、あるいはそれ以降に頑張ればよい。
「だから私が気にしてる比率はそこじゃない、男女比だよ」
「まあ確かに女子ばっかりだったけど、吹部ってそんなもんじゃないの?」
「……自分の性別、いや自分のビジュとか知ってる?」
谷町が気にしているのは、新入部員20人のうち実に19人が女子であることだ。そして「気にしている」の内訳は、男の子すぐ辞めちゃわない?という心配と、あなたたちは何を目的に入ったの?という疑問いや懐疑心である。要するに、部長様に惹かれてやって来た人たちが部を乱さないかということを懸念している。
ちなみに、谷町の学年は新入部員15人中4人が男子だった。これは吹奏楽部としては平均的か、やや男子が多い程度だろうか。
仮に今年の新入部員の中に部長目当ての部員がいるとしても、みんな演奏は真面目にやりますということなら谷町的には歓迎なのだが(中には同担拒否的な人もいるかもしれないが谷町は気にしない)、そうでなければただの迷惑である。吹奏楽部はあくまで楽器の演奏がメインの部活であって、推しを愛でる集団ではない。
……ということを部長に説明したが、あまりピンと来ていないようだ。そういうところは意外と鈍いらしい。
「じゃあ谷町は、真面目に練習しなさそうな子がいるって言いたいの?俺はあんまり疑ってかかりたくないけどなあ」
「もちろん杞憂ならそれでいい。でも練習や演奏がまともに成り立たないようなことがあったら、コンミスとか以前に一人の部員として、吹奏楽好きとして、許せないと思う」
「それって今から心配すること?まずは部員たくさん入ってよかったね、ではダメ?」
谷町は返答に困る。無邪気に喜んでいて手遅れになるリスクもあるが、部長自身がこう言うならそもそも谷町が心配することではないのかもしれない。
気まずい沈黙を破ったのは、音楽室の扉を開ける音だった。
「筆箱忘れた!まだ部屋開いててよかっ……え、喧嘩中?」
リチャードが驚いてこちらを見る。いつもは飄々としているので珍しいリアクションだ。
「ちょうどいいところに来た、リチャード!今年の新入部員が女子ばっかりなことについてどう思う?」
入って来て早々申し訳ないが、とりあえず聞いてみるしかない。
「いきなり質問?うーん、さすが忠弥だなって思ったけど、それがどうした?」
「谷町が、今年の新入部員は真面目に練習してくれないんじゃないか?とか言い出した。俺はそんなことを今から疑うべきじゃないと思うし、みんな真面目だと信じてるんだけど」
「お人好しだねえ!いや、それも忠弥の良いところか。でも僕には珍しく谷町さんの言いたいこと分かる、推し活みたいな子がいるんじゃない?ってことでしょ」
リチャードには珍しく至極正論を言っている。
「おー話が早い、こんなに早いの初めてじゃない?やっぱりみんな思うことは同じだよね、安心した」
「けど、僕も推し活してる面があるから人のことは言えないな」
そういえばリチャードは部長の強火ファンだった。
結局、疑ってかかっても仕方ないのでまずは様子見をしようということで話は落ち着いた。
谷町は今の吹部が好きなので、そのバランスが崩れないよう目を光らせるつもりだ。