ゆかいななかまたち
毎週火・木・土曜の練習後は、部の幹部やパートリーダーが集まって会議をすることになっている。この会議の存在自体は谷町も嫌いではない。アケスイこと曙高校吹奏楽部は生徒主導なので、この会議で割と何でも決められる。裁量が大きいのは嬉しいことだ。
パートのメンバーと練習内容を振り返った後、会議のため音楽室に戻る。
扉を開けると、谷町以外のメンバーがすでに揃っていた。
「コンミス様おそ〜い」
会議の何が嫌かと言えば、こういう反応である。特にコンミス様呼びは一番嫌いだ。
ちなみに今回の声の主は、低音パートリーダーの丸ちゃんこと金丸空也。
「いやいや、丸ちゃんも今入ってきたじゃん」
指揮者兼フルートオーボエパートのリーダーであるこってぃーが呆れている。丸ちゃんはそういうところがある。
「じゃあ丸ちゃんと谷町で全員揃ったね、会議始めようか」
忠弥部長が声をかける。先輩の代ではこの会議進行は副部長の仕事だったらしいが、今の副部長であるリチャードは自分の美学を優先してしまうことがあるので、部長自ら引き受けている。
「小賀、メモ用意してなくない?」
「はいはい、今出しまーす」
ちょっとめんどくさそうにノートを取り出した小賀芽吹は、サックスパートのリーダーとして、また書記として会議に参加している。最初は書記を谷町に押し付けようとしていたが、谷町が書記とコンミスの交換を持ち出したら文句を言いつつ書記を始めた(コンミスは高校から始めたテナーサックス奏者に押し付けていい役職ではないことくらい、谷町も分かっている)。元々が不本意なので、今日のようにうっすら態度が悪いこともある。
「……あと、横手と梅原は2人一緒じゃないとダメなの?」
「ダメー!」2人の声が重なる。
横手環と梅原るなは小学校時代からの幼馴染同士で、2人ともホルンを吹いている。一心同体なのでどちらがパートリーダーをやるか決められず、書類上は環がリーダーになっているが会議には2人とも出てくるし、パート練習でも明確なリーダーはいないという話だ。
「会議の参加者が多すぎても統制が取りづらいんだけどなあ……」
「確かに2人で揉め続けてたら困るけど、環とるなはそんなことないし、毎回2人でも良いんじゃない?」
困り顔の忠弥部長に、金管リーダーとして参加している望が提案する。忠弥部長に全く怯まず意見を出せるのは、実は望くらいだったりする。中学校では部長をしていたというから、はっきりと自分の考えを言うのに慣れているのかもしれない。
「それもそうか。……じゃあ、特別だよ?」
(あー部長サン、その言い方と目線は色々とよくないぜ)
谷町が勝手に焦っても時すでに遅し。環とるな、それにリチャードまでハートを射抜かれている。一応彼の名誉のために言っておくと、そういう趣味ではないらしい。憧れに近いものだと本人が言っていた。リチャードは童顔だから、忠弥部長みたいな振る舞いは向かないのだろう。
「それで、今日の議題はなんだっけ?」
机を軽く叩いて場を鎮めながら部長に確認する。
「今日はまず新歓のやり方について決めて、あと時間があれば練習の進め方に問題がないか意見を募りたい」
よかった、色目(?)から通常営業に戻ってきた。こういう場面で通常営業に戻すのは、部長にハートを射抜かれることのない谷町の担当だ。射抜かれないコツは残念ながら特になく、たまたま谷町がそういうタイプじゃないというだけである。
「練習の進め方といえば、今日のチューニングはひどかったなあ!」
そう言ったのは丸ちゃんだが、ほとんど全員が笑っている。戦犯のリチャードは苦笑い。その話は優先順位低いって言ってたと思うけど……
「でも音のずれをすぐ指摘した谷町はさすがだったね」
普段なら話を戻しに来るはずのこってぃーまで話に乗ってきている。着眼点はいつものこってぃーらしいが。
「んで、リチャードのチューナーに気付いた時の谷町の顔がね!」
「ね、もう怖すぎ!」
息ぴったりの環とるなの発言に一同爆笑(リチャードを除く)。
「え、私そんな顔してたっけ?」
呆れて返答に困ってはいたものの、声や態度には出してないつもりだった。
「谷町さん、あれはマジで怖かった。僕が始めた茶番だったから引くに引けなくて笑ってるしかなかったけど、本当は失禁一歩手前だった」
いつになくシリアスな顔つきのリチャードと、やだぁ〜と叫ぶ女子たち。実際コンミスが副部長をちびらせたとなればそれは事案だな。今回は未遂とはいえ反省反省。
「そこまで正直に言わなくてもいいよ、リチャード」忠弥部長が仲裁に入る。
「けど俺としても、我ながらよくあの場を治められたなと思った。谷町も女子なんだから、人前であんな顔をするのはやめよう?」
(……部長サン、他の女子の視線が痛いのでその言い方やめてください)
リチャードに怖い顔を向けてしまった谷町は色々言われたのに、現在進行形で谷町に怖い顔を向けている人々は誰からも怒られない。なんとも不平等である。
「それよりさ、新歓のやり方決めなきゃじゃなかった?」
手を叩いて注目を集めながら望が言う。そうだよ、本来なら今は谷町が怒られるターンではなかったはずだ。
「そうだった、さっき言った通り今日のメインの議題はそっちだよ」
「吹部の新歓なんてノリで人集まるって」とリチャードは無責任に言う。
「まあ経験者はそれでもいいかもしれないけど、俺みたいに高校から新しく始めてみようって人がいるとしたら呼び込みは大事だと思うんだよね」
部長と同じく高校から始めた芽吹もうんうんとうなずいている。
それもそうだ。未来の忠弥部長が新入生に紛れているとしたら呼び込む以外の選択肢がないし、入ってくれればこちらのものである。余談だが、「どうしてあのイケメン優等生が吹部なんかにいるのか」などと不躾な質問をしてくる輩もいる。こっちが知りたい。
「去年先輩たちは、前年度にやった曲でミニコンサートを開いてたよね。今年もやる感じでいいかな?」部長が確認する。
「やば、ほとんど忘れてて吹けないかも」と焦るのは芽吹。
「去年やった中だと、ディズニーメドレーとかは客寄せ向きだよねえ」
「望はディズニー大好きだもんね。あとは『A列車で行こう』も王道だし譜面も思い出しやすくて良いんじゃないかな」
一応、コンミスとしての面子を保つための発言も、1日1回くらいはするようにしている。今日のところはこれでクリア。
「え~、僕は『A列車』よりも『シング・シング・シング』がやりたいな〜」
「「去年やった曲じゃないじゃん!」」
丸ちゃんの雑な提案に全員がツッコむ。
『シング・シング・シング』も王道ジャズでよく吹奏楽部で演奏される曲だが、去年のアケスイでは同じく王道ジャズの『A列車で行こう』の方が選ばれていた。バージョンにもよるが、一般的には『シング・シング・シング』の方がソロの割合が高いと思われるので、弱小吹奏楽部には難しい場合があるのも事実だ。
そういえば、以前楽器庫で割と綺麗な『シング・シング・シング』の楽譜を見かけたことを思い出す。アケスイで演奏したという話を聞いたことのある人は谷町たちの代にはいなかったはずだから、数年前にやったことがあるのだろうか。楽譜を買う手間も省けるし、夏のコンクール向きではない気がするけど文化祭なんかでやるのは良いかもしれないな、などと考える。ソロを吹くのは望、谷町、あとアルトサックスは誰になるだろうか?
「ね、谷町もそう思うでしょ?」こってぃーが話を振ってきて現実に引き戻される。
「……あっごめん『シング・シング・シング』のこと考えてた」
適当な相槌で話が進んで困るのは自分なので正直に言う。コンミスとしての面子が崩壊したが仕方ない。
「うんうん、クラリネットのソロかっこいいもんね……じゃなくて!新歓コンサートは体育館借りてやりたくない?って言ってるの!先輩の引退の節目としてもそれが良いよねって!」
もちろん借りられるのであれば借りたい。アケスイの3年生は、半分ほどが夏のコンクールを待たずに春の時点で受験勉強のため引退してしまう。これまでは明確に集大成と言えるステージがなく、中途半端だと思いつつ引退していく人もいると先輩が言っていた。
「やりたいかやりたくないかで言えばやりたいけど、体育館って借りれるの?バスケ部もバレー部もバド部も毎日練習してるよね?」
「そこはうちの部長様パワーで、ね」
望がいつもより怖い笑顔をしている。いわく、体育館を使う部の中で一番強く、しかも女子が多いバド部を説得できればいけるらしい。で、その説得には部長様という存在だけで十分だと。
……本当に?
部長様パワーには、吹奏楽部という女子だらけな特殊環境でのブーストが少なからずあると谷町は思っている。体育会系にはスポーティブなお兄さんがたくさんいるだろうから、いくら部長様といえど力不足な可能性も……いや、「イケメン優等生がなんで吹部なんかに」と(本人でなく谷町に、ではあるが)言われるということは、私が考えている以上にパワーとやらがあるのかもしれないな。一旦は望の言うことを信じてみてもいいかもしれない。
でも谷町は正直、体育館を部長様ゴリ押しで借りようとしていることよりも、知らぬ間にこってぃーがノリツッコミを覚えていたことの方が恐ろしいと思っていた。会議がまた一段と手強くなってしまうではないか。
会議後、いつにも増して憂鬱そうな顔をしてないか、とこってぃーに指摘された。
一体誰のせいだと思っているんだ。