7,沈黙の礼拝 - 中東に訪れる夜
古代から「天」と「神」に最も近かった土地に、月の光が届く
午後6時半。イラン・イスファハン。
礼拝の時間を知らせるアザーンが、空へと響いていた。
夕陽に照らされたモスクの青いドームが、空の朱と混じり合い、街全体が祈りに包まれていた。
男性たちは靴を脱ぎ、頭を垂れて静かに立ち並ぶ。
女性たちは家の奥で、祈りのマットに手を添えていた。
空はまだ赤く染まっている。
月は、ほんのわずかに、地平線の端に白く浮かびはじめたばかりだった。
遠くの都市、テヘランの政府庁舎では、国際報道官が緊張した面持ちでモニターを睨んでいた。
翻訳された速報が次々にスクリーンに現れる。
「東アジア広域、未明以降の通信停止」
「無人偵察機、東京上空で異常確認。動きなし」
「各国政府、月の光と“生体活動停止”の関係を分析」
「これは…“災害”なのか、“啓示”なのか?」
誰かがそう言った。
けれど、誰も答えを持っていなかった。
ヨルダンの砂漠地帯では、遊牧民の家族が夜の支度をしていた。
焚き火のそばで、父が星を指差しながら語る。
「この砂漠の上を、何千年も月は通ってきたんだ」
子どもはその言葉に目を丸くしながら、空を見上げる。
そこには、まるで“語りかけるような”満月があった。
いつもより少しだけ近く見える気がして、
誰もが自然と、黙ってその光に見入っていた。
その頃、サウジアラビアの王宮では、警護の兵士たちが次々と帰されていた。
理由は明かされなかった。
ただ、静かに――「夜を迎えなさい」という命令だけが伝えられた。
祈りの時間は終わった。
空には、月だけが残された。
砂漠の夜は、音を持たない。
風も止まり、焚き火もやがて消えていく。
それでも誰も恐れなかった。
なぜなら、この地の人々は“夜の訪れ”を、太古からずっと知っていたからだ。
それが最後の夜であっても、
それは“静かに委ねる夜”であった。
月は、沈黙の中で、
確かに――この大地を照らしはじめていた。