6,東の地平線 - 中国に迫る夜
地球が静かに自転を続ける中、月の光が迫る
午後7時。中国・上海。
高層ビル群の窓にはオレンジ色の夕陽がまだ残り、街はゆっくりと夜の表情を帯びはじめていた。
路地裏では屋台が火を灯し、焼き餃子の匂いが人々の間を抜けていく。
車のクラクション。子どもの笑い声。スマホ片手に歩く会社員たち。
日常は、あまりにも普段通りだった。
ただ、その空の向こう側で、世界は静かに変わっていた。
ビルの最上階。
ある企業の会議室では、営業部が遅くまで数字の確認を続けていた。
「日本との会議、明日再確認でお願いします」
その声とほぼ同時に、壁際のスクリーンにニュース速報が点滅する。
“東京、応答途絶。複数の通信網が沈黙。原因は不明”
“各国政府、日本との接触を試みるも…”
会議室に、ふと沈黙が流れる。
それでも、誰も本気にしようとしなかった。
「またデマだろう」「地震でも起きたんじゃないの」
そんな言葉が、静けさを埋めるように飛び交う。
その頃、北京の天文台では、ひとりの研究者が静かに空を見上げていた。
観測装置のデータに、わずかな異変が記録されている。
月の反射光――
いつもより数値が高く、不自然に均質な波形を示していた。
「……これは、“発光”に近い」
思わずつぶやいた声は誰にも届かない。
同僚たちはすでに帰宅し、部屋は静まり返っていた。
やがて月が、地平線の向こうから姿を現す。
それは見慣れた満月のようでいて、どこか“見られている”ような感覚を孕んでいた。
その夜、山西省のある村では、祖母が孫に絵本を読み聞かせていた。
「お月さまはね、夜の国から来るおつかいさんなんだよ」
小さな子どもは、その言葉に笑って、眠い目をこすった。
祖母はその頬をそっと撫でながら、布団をかけ直す。
そして――
その窓からも、月の光が、静かに、忍び寄っていた。
それはまるで、誰にも気づかれぬように、
けれど確実に、“次の夜”を迎える者たちへと届いていた。
中国の空に、まだ星は瞬いている。
けれど、この国の広大な大地にも、
“眠りの波”は、確実に迫っていた。