4.夜の足音 - ペットたちの夜
それは、言葉がなくてもずっと大切なもの。
神奈川県の静かな住宅街。
夜の縁側に、白猫のシロがちょこんと座っていた。
毛並みは月の光を受けて、まるで淡く発光しているように見えた。
シロがこの家にやってきたのは、5年前の冬のことだった。
冷たい雨が降る日の夕方、スーパーの駐車場の植え込みで、小さな段ボールが風に揺れていた。
通り過ぎようとしていたおばあちゃんは、ふと気配を感じて立ち止まった。
中には震えるほど小さな白猫。体は濡れて冷たく、目やにも固まっていた。
「……こんなに寒いのに。ひとりぼっちで、かわいそうにねぇ」
おばあちゃんは迷わず、買い物袋を濡らしながらシロを胸に抱いた。
その温もりはとても軽く、けれどたしかに生きていた。
その日から、シロは家族になった。
玄関に敷いた古い毛布をぐちゃぐちゃにして眠り、最初のごはんは大根の煮物だった。
たしかまったく食べなかったと思う。
やがてこたつを占領するようになり、おばあちゃんのひざの上が定位置になった。
「あんとき、助けたつもりだったけど、こっちのほうだったかもしれないね」
おばあちゃんはよくそう言って、シロの頭を撫でた。
今夜も、テレビの演歌が小さく流れる中、シロは縁側からガラス戸をちょんと叩いた。
おばあちゃんはうたた寝の途中で目を覚まし、ゆっくりと戸を開ける。
「あら、シロ。寒かったろう。さ、入りなさい」
するりとこたつの中へ入ると、シロはおばあちゃんの足に体をぴたりと寄せて丸くなった。
おばあちゃんの手が、時間をかけて撫でてくれる。
その指の骨ばった感触すら、もう何年も馴染んだものだった。
「今日も、えらかったね。寒い日も、暑い日も、元気でいてくれてありがとね」
シロは喉を鳴らした。
ただ一緒にいるだけで、言葉以上のものが伝わっていく。
それが、この家での長い年月の積み重ねだった。
月の光が、ガラス戸の向こうから差し込んでくる。
その光はまるで、あの日の冷たい雨とはまったく違う、あたたかな白だった。
おばあちゃんの息は、静かにゆっくりと落ち着いていた。
シロもまた、目を細めながら深く眠りへと沈んでいく。
最初の出会いが、寂しさだったとしても。
最期の夜は、ぬくもりのなかにあった。