15,日向より
私は、日向。
壁の角度、風の道すじ、雲のかたち――
それらすべてが偶然重なって生まれる、一瞬のあたたかさ。
私は、誰かが足をとめるのをずっと待っていた。
誰かが、そっと座ってくれるのを。
ただ、目を閉じてくれるのを。
笑ってくれるのを。
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あなたたちがいた頃、
私はいつも足元にあった。
公園のベンチ、縁側の板の上、団地の階段の踊り場。
昼下がりの寝室の、布団の端。
あなたは何も言わずに私の中に入り、
まるで最初からそこにいたような顔をした。
私は、それがとても嬉しかった。
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私は、あたたかさでしか語れない。
でも、あなたはそのぬくもりを“安心”と呼んでくれた。
ときに孤独の中で、
ときに愛する人と肩を並べて、
ときにペットと丸くなって、
あなたは私のなかで、呼吸を整えてくれた。
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いま――
私の上には、誰もいない。
日差しは変わらず届いている。
雲が流れ、影が動き、風が抜けていく。
だけど私に、身を預ける人はいない。
毛布を干す手も、笑い声も、昼寝の寝息もない。
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それでも私は、そこに在る。
陽だまりというかたちで。
地面の上、ベンチの上、石のあいだに。
ひとりぼっちでも、私は消えない。
なぜなら私は――
あなたが最後に「生きていてよかった」と思ってくれた場所かもしれないから。
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そして、いつかもしも、
誰かがまたこの世界に現れたとき。
私は、その人の足元に、そっとあたたかさを広げる。
言葉もなく、
ただ「おかえり」と、あたたかく言いたくて。
私は、日向。
世界が忘れても、
あなたの心が覚えてくれている場所。




