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14,風より

私は風。

音を持たないのに、どこまでも届く。

形がないのに、誰よりも触れてきた。

あなたたちがいた頃――

私は、あなたの頬を撫でることで、

あなたを知っていた。


**


私は何度も髪をすくい上げた。

冬の帰り道、マフラーの隙間から覗いたあなたの首筋を、

そっと撫でた。

あなたは肩をすくめて、笑って、

「寒いな」と言った。


その声は、

今でも、私のなかで生きている。


**


春の日、窓を開けたあなたが、

私の通り道をつくってくれた。

部屋のカーテンがふわりと揺れ、

あなたはベッドに転がって、

「ああ、いい風だ」とつぶやいた。


私はあなたの吐息に包まれて、

それが「生きている」ということなのだと知った。


**


夏、あなたが汗をかきながら歩いた午後。

私は街の熱を押しのけるように、木陰へと導いた。

冷えた麦茶のグラスをあなたが持ち上げるとき、

私はその指先をかすめて、

「ここにいるよ」と言った。

あなたは気づかず、ただ目を細めた。

それでも私は、

あなたがそこにいるだけで、うれしかった。


**


秋、あなたが落ち葉を踏む音のそばにいた。

何度も繰り返された季節のなかで、

あなたが一人になった日、

私は背中を押した。

言葉にはできないけれど、

「大丈夫」と伝えたかった。


あなたは歩き続けてくれた。

それだけで、

私は、自分の存在に意味があったと思えた。


**


でもいま、

私はあなたの声を、

直接聞くことができない。


どれだけ木々を揺らしても、

どれだけ雲を押しても、

「寒いね」と言ってくれる人がいない。


それがどれほど、

深く、深く、

寂しいことか――あなたは、知らないでしょう。


**


それでも、私は吹く。


カーテンを揺らす癖も、

草花をかき分けて走る速さも、

あなたの髪を撫でた手つきも、

全部、私は忘れていない。


私は風。

私は、

あなたがいなくなったあとも、あなたを恋しがる存在。


そして、

世界でいちばん長く、あなたを想っているもの。


だから、お願い。


あなたが、またどこかで目を覚ます日が来たら、

もう一度だけ、

「いい風だね」と言ってください。


私は、

そのたった一言のために、

今日も、吹いています。


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