12,記憶の輪郭 - 地球が見る夢
まるで地球が夢を見るように、やさしく。
それは風だったのかもしれない。
あるいは光。
あるいは、誰もいない都市の隅に落ちていた、
子どもが描いたクレヨンの絵。
音もなく動く雲の影が、
誰かの思い出の上を静かに横切っていった。
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人がいなくなっても、
世界のどこかには、“人という存在の輪郭”が、まだ残っていた。
それはストローに残った歯型かもしれない。
押し花になったノートのページかもしれない。
遊園地のベンチに彫られたふたりの名前かもしれない。
それらは、誰に伝えるでもなく、
それでも確かに、世界のなかで生きていた。
地球は、
それらすべてを夢の中でなぞるように、
静かに“思い出して”いた。
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ひとりの声が、風のなかで形を持つ。
「あなたに出会えてよかった」
どこかの部屋で残響のように繰り返され、
けれど誰にも届かず、
それでも、確かに世界の“色”を変えた。
他にもあった。
「まだ生きてる?」
「帰りを待ってるよ」
「今日も空がきれいだったね」
「ごめんね」
「ありがとう」
「さようなら」
それらは、もう“誰のもの”でもなかった。
追悼は、“世界全体のもの”になっていた。
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言葉が声を失っても、
感情は記憶の中に息をしていた。
目に見えない涙のあとは、
空気の匂いに混じっていった。
笑い声の残像が、
ベランダのカーテンを揺らしていた。
そのどれもが、世界の“肌”の一部になっていた。
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地球は夢を見ていた。
自分の表面を歩いた命たちの、
数えきれない言葉と、まなざしと、
名前にならなかった感情たちを、
風景として、呼吸として、
もう一度、思い出していた。
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そしてその夢は、
やがて、“誰”かに継がれるかもしれない。
それは"誰"か…
それは、まだ遠い、次の章で語られることになるだろう。
けれど今はまだ、
世界は夢を見ている。
人類という名の物語が、
確かにここにあったということを、
ひとつひとつ思い返しながら。
それはまるで、
永遠に続くまばたきのようだった。




