11,静寂の地球
月は今も空にあり、
風は吹き、光は届き続けている。
それでも、見る者も、応える声も、もうどこにもいない。
そしてその沈黙のなかに、
ようやく訪れる、“地球そのもの”の呼吸
人類が最後のまばたきを終えたそのあと、
世界は、音を失った。
けれど、決して「止まった」のではない。
ただ、誰にも見られなくなっただけだった。
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太陽は、いつも通り昇った。
朝の光がビルの窓に反射し、電車のレールを照らし、
洗濯物の影を地面に落とした。
風が葉を揺らす。
その葉のひとつひとつに、誰かの名前が宿っているようにさえ思えた。
だけど、それに気づく者はいない。
気づくための「名前」そのものが、もう、存在していなかった。
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空港の滑走路では、最後に着陸した機体がそのまま置き去りになっていた。
海岸には、バーベキューの跡が残り、
公園のブランコは、風に揺れていた。
教会の鐘は鳴らなかったが、
ステンドグラスには、今も太陽が降り注いでいた。
「祈り」は、もう誰にも向けられていなかったが、
それでも、空の色は変わらず美しかった。
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動物たちは、最初、しばらく戸惑っていた。
けれど次第に、街を歩き、庭に入り、静かに屋根の上で眠るようになった。
ネズミたちは図書館の静けさに棲みつき、
野良犬たちは交差点の真ん中で昼寝をした。
猫は、鍵のかからなかった扉から入った寝室で、
誰もいないベッドに体を丸めた。
彼らには「不在」が分からなかった。
ただ、世界の“音の色”が変わったことを、知っていた。
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地球は、自転を続けていた。
ただのひとときも止まらずに。
誰も見ていなくても、花は咲いた。
誰も触れなくても、雪は降った。
誰も願わなくても、星はめぐった。
“存在”に見返りを求めることなく、
この星は、ただ「在る」ことを選び続けた。
それは、祈りにも似た“無垢”だった。
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その静けさの中で――
最後に、たったひとつの「声」が、どこかで、
まだ眠るように潜んでいた。
それは、
言葉を失ってなお残った、
記憶という名の、かすかな熱。




