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11,静寂の地球

月は今も空にあり、

風は吹き、光は届き続けている。

それでも、見る者も、応える声も、もうどこにもいない。


そしてその沈黙のなかに、

ようやく訪れる、“地球そのもの”の呼吸

人類が最後のまばたきを終えたそのあと、

世界は、音を失った。


けれど、決して「止まった」のではない。

ただ、誰にも見られなくなっただけだった。


**


太陽は、いつも通り昇った。

朝の光がビルの窓に反射し、電車のレールを照らし、

洗濯物の影を地面に落とした。


風が葉を揺らす。

その葉のひとつひとつに、誰かの名前が宿っているようにさえ思えた。

だけど、それに気づく者はいない。


気づくための「名前」そのものが、もう、存在していなかった。


**


空港の滑走路では、最後に着陸した機体がそのまま置き去りになっていた。

海岸には、バーベキューの跡が残り、

公園のブランコは、風に揺れていた。


教会の鐘は鳴らなかったが、

ステンドグラスには、今も太陽が降り注いでいた。


「祈り」は、もう誰にも向けられていなかったが、

それでも、空の色は変わらず美しかった。


**


動物たちは、最初、しばらく戸惑っていた。

けれど次第に、街を歩き、庭に入り、静かに屋根の上で眠るようになった。


ネズミたちは図書館の静けさに棲みつき、

野良犬たちは交差点の真ん中で昼寝をした。

猫は、鍵のかからなかった扉から入った寝室で、

誰もいないベッドに体を丸めた。


彼らには「不在」が分からなかった。

ただ、世界の“音の色”が変わったことを、知っていた。


**


地球は、自転を続けていた。

ただのひとときも止まらずに。


誰も見ていなくても、花は咲いた。

誰も触れなくても、雪は降った。

誰も願わなくても、星はめぐった。


“存在”に見返りを求めることなく、

この星は、ただ「在る」ことを選び続けた。


それは、祈りにも似た“無垢”だった。


**


その静けさの中で――

最後に、たったひとつの「声」が、どこかで、

まだ眠るように潜んでいた。


それは、

言葉を失ってなお残った、

記憶という名の、かすかな熱。

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