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10,まだ眠らない者たち

「生きようとした者たちの静かな最期」

月が地球をめぐり終え、

世界は、静寂の中に横たわっていた。


けれど、その中にも――

まだ“生きていた”者たちが、わずかにいた。


彼らは眠らなかった。

眠れなかったのではなく、「眠れば死ぬ」と知ったから、起きていようと決めた。


それは恐怖ではなく、

「せめて、もう少しだけ世界と共にいたい」という願いだった。


**


アメリカ中西部、廃校となった教室。

自家発電の灯りの下、五人の若者たちが、11日目の夜を迎えていた。

最初の数日は、ゲームをしたり、歌を歌ったり、笑い声もあった。

「ギネス更新じゃね?」とふざけた声もあった。


けれど、6日目を越えたころから、

話す言葉の意味が、誰にも通じなくなっていった。

自分の手がどこにあるのか分からなくなる瞬間。

耳鳴り。目の奥の痛み。

時折、何かが這うような幻視。


「ねえ、あと何日?」

「……もう、10日と19時間」


一人が書いたメモには、歪んだ文字でこう記されていた。

「ぼくらは世界の最後の観測者だ」

その紙は、誰かが泣きながら握りしめていた。


そして11日目の夜。

誰も、話さなくなった。

意識が夢と現のあいだを行き来し、

ただ、重く沈むまぶたを――懸命に、開けようとする指先だけが動いていた。


最後のひとりが崩れるように床に横たわったとき、

その目は、まだわずかに開いていた。


何を見ていたのだろう。

暗がりの中にある、もう一人の誰かか。

それとも、まだ続いている世界だったのかもしれない。


**


遠く離れた日本の都市部、真っ白な病室。

ひとりの研究者が、無人の実験機器を前に、記録を続けていた。

「わたしは、最終的に、眠ってしまうだろう」

そう綴った最後のレポートには、

「眠らずに生きられる最大の時間は、264時間」

「人間は、意志だけでは“生”を延ばすことはできない」

と記されていた。


そして、こう締めくくられていた。


“それでも、私はこの264時間を愛していた”


**


世界のどこか、まだ光が届かない地下、

閉ざされた施設で、エナジードリンクの空缶が山のように積まれていた。

スマホのタイマーは「11日と3分」を示していた。


その隣で、最後の人影が、

ゆっくりと、椅子に身を預けた。


目は、半開きだった。

眠っていくことを拒みながら、

それでもまぶたは、どうしても閉じようとしていた。


そして――

音もなく、そのまま静かに、息が落ちた。


**


彼らは、逃げようとはしなかった。

ただ、生きようとした。

誰かを見届けたかった。

自分の命に「最後まで目を開けていた」と記したかった。


人類最後の11日間。

眠らない者たちの、最後のまばたき。


そのひとつひとつが、

この地球が見た“いちばん人間らしい夜”だったのかもしれない。


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