10,まだ眠らない者たち
「生きようとした者たちの静かな最期」
月が地球をめぐり終え、
世界は、静寂の中に横たわっていた。
けれど、その中にも――
まだ“生きていた”者たちが、わずかにいた。
彼らは眠らなかった。
眠れなかったのではなく、「眠れば死ぬ」と知ったから、起きていようと決めた。
それは恐怖ではなく、
「せめて、もう少しだけ世界と共にいたい」という願いだった。
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アメリカ中西部、廃校となった教室。
自家発電の灯りの下、五人の若者たちが、11日目の夜を迎えていた。
最初の数日は、ゲームをしたり、歌を歌ったり、笑い声もあった。
「ギネス更新じゃね?」とふざけた声もあった。
けれど、6日目を越えたころから、
話す言葉の意味が、誰にも通じなくなっていった。
自分の手がどこにあるのか分からなくなる瞬間。
耳鳴り。目の奥の痛み。
時折、何かが這うような幻視。
「ねえ、あと何日?」
「……もう、10日と19時間」
一人が書いたメモには、歪んだ文字でこう記されていた。
「ぼくらは世界の最後の観測者だ」
その紙は、誰かが泣きながら握りしめていた。
そして11日目の夜。
誰も、話さなくなった。
意識が夢と現のあいだを行き来し、
ただ、重く沈むまぶたを――懸命に、開けようとする指先だけが動いていた。
最後のひとりが崩れるように床に横たわったとき、
その目は、まだわずかに開いていた。
何を見ていたのだろう。
暗がりの中にある、もう一人の誰かか。
それとも、まだ続いている世界だったのかもしれない。
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遠く離れた日本の都市部、真っ白な病室。
ひとりの研究者が、無人の実験機器を前に、記録を続けていた。
「わたしは、最終的に、眠ってしまうだろう」
そう綴った最後のレポートには、
「眠らずに生きられる最大の時間は、264時間」
「人間は、意志だけでは“生”を延ばすことはできない」
と記されていた。
そして、こう締めくくられていた。
“それでも、私はこの264時間を愛していた”
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世界のどこか、まだ光が届かない地下、
閉ざされた施設で、エナジードリンクの空缶が山のように積まれていた。
スマホのタイマーは「11日と3分」を示していた。
その隣で、最後の人影が、
ゆっくりと、椅子に身を預けた。
目は、半開きだった。
眠っていくことを拒みながら、
それでもまぶたは、どうしても閉じようとしていた。
そして――
音もなく、そのまま静かに、息が落ちた。
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彼らは、逃げようとはしなかった。
ただ、生きようとした。
誰かを見届けたかった。
自分の命に「最後まで目を開けていた」と記したかった。
人類最後の11日間。
眠らない者たちの、最後のまばたき。
そのひとつひとつが、
この地球が見た“いちばん人間らしい夜”だったのかもしれない。




