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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第一章 プロローグ
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第九話

記者たちの関心は、突如として現れた"次光壁"に集中していた。


専門家の返答はどれも歯切れが悪く、結局「わからない」の一点張り。会場では堂々巡りのやり取りが延々と続いていた。モニターに映る専門家たちの困惑した表情が、この現象に前例がないことを物語っていた。


前列の記者が立ち上がり、配布資料を指し示しながら質問した。


「現在も拡大を続けているとのことですが、この次光壁が私たちの世界、あるいは他の世界にまで広がる可能性は?」


専門家は一瞬口を閉ざし、言葉を選ぶように間を置いた。会場の空気が張り詰める。


「……そうなる可能性は低いと考えています」と彼はようやく口を開いた。「問題の次光壁が出現した次層世界と他の次層世界の間には、多数の次光壁が存在しており、仮にこのまま拡大を続けたとしても、それらが障壁となって広がりは止まるはずです」


彼は深く息を吸い、こう付け加えた。


「ですが、今はまだ確実なことは言えません。状況を見守るしかないというのが実情です」


その時、記者が持つ写真が俺の視界の端に映った。青白い光——。


ついさっき、中継で見た青い炎と酷似している。やはり、あれが"次光壁"なのか……。


そう思った瞬間、突然映像が切り替わった。次に映し出されたのは、荒れ狂う海の上で波のように揺らめく、青白い"何か"だった。


「これが現在の様子です」


解説者の声が響く。それは炎のようにも見えた。だが、明らかに違う。ドローンより遥かに鮮明な映像には、それが炎ではないことがはっきりと映し出されていた。


無数の細長い長方形——それらがまるで生き物のように蠢き、折り重なりながら炎のように揺らぎ、次々と色を変えていく。


息を呑んで画面を見つめていると、不意に背後からエルドの声がした。


「……次光壁って、こんなふうになってるのか?」


俺は答えに詰まる。


「いや……」


"次光壁"——世界と世界の狭間に存在する"壁"。とはいえ、実際に目に見える壁があるわけではない。


物体を別の次層世界に移動させるには、特殊な構造の磁力線で包み、光速を超えるまで加速させる必要がある。しかし、その過程には避けられない問題があった——質量だ。


質量を持つ物体は加速すればするほど重くなり、やがて限界に達し加速が不可能となる。この一見解決不能とも思える難題を突破したのは魔法だった。


魔力によって質量をほぼゼロにまで減少させ、物体を光速を超える速度へと導いたのだ。


しかし、解決もつかの間、誰も予想していなかった現象が起きた。魔法の効果が、何かに引き戻されるように一定時間で消えてしまうのだ。


研究者たちは原因を探った。だが正体はつかめず。結局、次層世界の間には物体の移動を阻む何らかの力があるとだけ結論づけた。


そして、この正体不明な力のことを"次光壁"と名付けた。


この"壁"の存在により、別世界へ到達するには魔法を何度も発動し続け、"壁"を振り切るように進まなければならなくなった。


そんな理論を思い浮かべたとき、脳裏に一つの映像がよぎる。


——あの構造色に輝く、美しい船の姿。


次光船。それは魔力を一切使用せずに、別世界へと到達する唯一の手段。だが、そのメカニズムは未だに完全には解明されていない。


ふと疑問が浮かぶ。


——映像に映る"次光壁"は、はっきりと肉眼で見えている。


これまでの概念とは決定的に異なっていた。重力のように振る舞う不可視の"壁"ではない。蠢き、広がり、目に見える形を持つ"壁"。


この異質な現象を、本当に"次光壁"と呼んでいいのか?


だが、モニター越しに映る専門家たちは——ほんの数日で、あれを"次光壁"と判断した。


この災害の発端となったのは、あの次光船だ。何か、そこに隠された真実があるのではないか?


「……これだと、第18層世界に行けないかもしれない」


琴遥がぽつりと呟いた。


俺は振り向き、無言で頷く。この状況が続けば、出発の時期が来ても、第18層世界への航路は閉ざされたままだろう。


ふと、琴遥の服に目が留まった。その瞬間、胸の奥が締め付けられるのがわかった。


最後にそれを見たのは、いつのことだっただろう。


「その服……」


思わず指を差し、言葉が漏れた。


「着られそうな服がないかと探したら、部屋の隅の収納ボックスの中にあった」


琴遥は少し戸惑い気味に答えた後、ふと思い出したようにポケットに手を入れ、小さな銀色の箱を取り出した。


「これが、ポケットに入ってた」


手のひらに収まるほどの小箱。表面には焼け焦げた跡が残り、いくつもの傷が刻まれている。側面には小さな丸い穴があり、内部で微かに光っているものが見えた。


その瞬間、一気に記憶が蘇ってきた。俺は思わず琴遥の手から箱を取り上げ、側面を軽く押す。


カチリ。


小気味よい音とともに蓋が開き、小さなパネルが現れる。そして、長い時間を経たその装置は予想に反して、白い光を放つと、地図と座標、点滅する位置標識を浮かび上がらせた。


赤い点を瞬かせているこの銀色の箱は、10年以上前に俺が琴遥の母親へ贈ったものだ。考古学者だった彼女は、古代文明の遺跡調査のため、度々別の世界へ旅立っていった。その多くは文明から隔絶された未開の地。通信もGPSすら届かない。


この小さな装置は、側面の穴を通じて太陽や星の位置を測定すれば、どの世界にいようと現在地を特定できた。一度座標を確定させれば、その後の移動距離と方向から正確な現在位置が算出できる。暗いダンジョンの奥深くでも確実に位置を把握できることから、冒険者たちの間でも重宝され、その用途から並外れた耐久性を持つよう設計がされている。


俺はパネルに浮かぶ地図を見つめながら、あの日のことを思い浮かべた。あの時、彼女はこれを手に旅立ったはずだ。それが、なぜ今ここにある?


突如、部屋が眩いほどの光に包まれる。いつの間にか横殴りだった雨が止み、強い日差しが窓から差し込んでいた。気づけば、エルドが無言で傍らに立ち、眉をひそめながら俺の手の中の箱を凝視していた。


駅で声を掛けてきたあの二人。まるで、俺がカンティークルの木に問いかけたいことがあることを知っているかのようだった。


そして今、この箱が現れた。これは偶然か? それとも、何かの意思が俺を第18層世界へ導こうとしているのか。


壁に設置されたモニターには、青く蠢く"壁"の映像が流れ続け、その映像の向こうからは、専門家たちの歯切れの悪い声が漏れ聞こえてくる。そして、その声を聞く自分の中にある思いが湧き上がってくるのを感じた。


第18層世界で何が待ち受けていようとも。


俺は、この問いの答えを見つけなければならない。


手の中の箱が微かに熱を帯びるのを感じ、視線を落とすと、変わらない点滅があった。


俺には、その点滅が誰かが助けを求める信号のように思えた。




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