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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第三章
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第四十四話

揺れが収まると、床にしゃがんでいたシステルは、ゆっくりと立ち上がった。


「……もう、あまり時間はないみたい」


その声は、周囲のざわめきとは不釣り合いなほど低かった。

フロア全体は、激しい揺れの余韻に包まれ、人々のどよめきが波のように広がっている。

けれど、そんな外界の騒音とは裏腹に、僕の頭の中は疑問でいっぱいだった。


僕は鷹司へ視線を投げる。


「いったい、彼女は何を考えてるんだい?」


自分でも驚くほど、声だけは冷静だった。


「まさか……高等科の他の二人も、この企てに一枚かんでいるのかい?」


そう言って、ブリジットとロキシーの方を見る。

二人は、こんな状況だというのに、一言も発しない。

ただ、まるで示し合わせたように、鷹司だけを見つめ続けている。


あまりにも不自然だ。


その違和感が、僕の口を動かす。


「システル。これって、もしかして……上級生たちが僕たちに仕掛けたドッキリなんじゃないの?」


そう考えれば、エラーラ先生が姿を見せない理由も説明がつく。

先生も上級生と組んで、どこかの舞台裏で魔法を駆使し僕たちを驚かす演出をしている。

寄宿舎では、新入生に向けた“ちょっとしたびっくりパーティー”があると聞いた。


――きっと、それと似たようなものなんだ。


そうだと、いいんだけど。


システルは僕の言葉を聞いても、まるで聞こえなかったかのように反応しない。

険しい表情のまま、スマホを数度操作し、軽く首を振る。

そして何度も周囲を見回したあと、最後に、窓の外へ視線を向けた。


そこには、まるでイソギンチャクのように、僕たちの船に張り付いて離れない、あの船があった。


僕は、彼女の背中に声をかける。


「……鏡のことだけど。学校で、高等科の人たちがシステルに“持って来い”って言ったの?」


返事はない。


「魔法で逃げても、元の場所に戻ってきてしまうのは、船の周囲に魔法の鏡みたいなものがあって、全部はね返されてるからなのかい?」


それでも、システルは答えない。


僕は構わず、言葉を重ねる。


「あの船って、その鏡に映った……僕たちの船だって、システルは考えてるの?」


ほんの、わずかな間。


システルは視線を外さぬまま、低く答えた。


「私は最初、鏡が指しているのは“形のある物”だと思ってた。でも、違ったのよ」


一拍置いて、続ける。


「比喩だったんだわ」


僕は、思わず口を挟む。


「でも、それって……おかしくない?

僕たちを罠にかけようとしてるのに、気づけるようなヒントをくれるなんてさ」


返事はなかった。


システルは、さっきからの僕の問いかけなど存在しなかったかのように、ひとり言を呟き始める。


「……たぶん、もう同じ手は使えない。別の方法を考えないと」


そう言って、彼女は僕とニケを順に見た。


「あなたたち、黒晶石はいくつ持ってきてる?」


「……黒晶石?」


あまりに唐突で、僕はオウム返しをした。

けれどすぐ、船室に置いてきた自分のマジックバッグの中身を思い浮かべる。


「うーん……三個か、四個くらいかな」


隣で、ニケが即答する。


「私は、六個だと思うわ」


システルは小さく頷いた。


「私は三個。……多くて十三個、か」


指先で空をなぞるように計算し、眉を寄せる。


「十分じゃないけど……足りる、か。

いや、向こうに誰か持ってるかもしれない」


その言葉を聞きながら、僕は考える。


黒晶石。

魔晶石が内部の魔力を放出するのとは逆に、周囲の魔力を吸収する石。

用途が限られているから、普段はあまり持ち歩かない。

それでも、旅に出るときは、念のため数個は持つようにしている。


――いったい、何に使うつもりなんだ。


「黒晶石なんて、何に使うんだい」


問いかけても、システルは答えない。


代わりに、静かに言った。


「あんたなら、私がやろうとしてること……必ずわかるわ」


その言葉に、胸の奥が嫌な音を立てる。


システルは、まっすぐに鷹司を見据えた。


「私の役目……いや、役はなに?」


声に、迷いはなかった。


「時計の針を進めるには、私は何を演じればいいの?」


鷹司は答えない。

ただ、もう知っているでしょうとでも言うような視線を、彼女に返す。


そのときだった。


船が、再び小刻みに震え始めた。

そして、徐々に強くなっていく。


システルは、短い沈黙のあと、口を開いた。


「……出るには、身代金が必要」


そして、僕の方を見ると、早口で言った。


「あんた、予習好きでしょ。忘れないでよ」


次の瞬間。


彼女はポケットから杖を引き抜いた。

一瞬の手首の閃き。

ほとんど光と区別のつかない速さで――


システルは、鷹司を撃った。

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