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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第三章
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第四十三話

位置の位相ずれを起こしている魔女――鷹司は、

システルの問いに、何も答えなかった。


ただ、ほんのわずかに口元を緩め、

じっと、システルを見つめ返している。


その沈黙が、やけに長く感じられた。


……おかしい。


なぜ、システルは急に、彼女に疑いの目を向けたんだ。


鏡のことか?

いや、さっきの言い方――

「高等科の人たちに、鏡を持ってこいと言われた」

そんな感じだった。


でも、それだけで、ここまで踏み込むか?


そもそも、高等科の人間が、

僕たちに鏡を持ってくるよう言った場面なんて――


……あれ?


そう考えた瞬間、

頭の奥を、鋭い痛みが貫いた。


なんだ、これ。


こんな痛み、初めてだ。

本を読みすぎたときの鈍い頭痛とは、まるで違う。


いったい、なんなんだ。これ?


この船に乗ってから、何かおかしなことばかり起きている。

やっぱり、あいつの魔法の影響だ。


それに、システルだっておかしい――

あいつの解除魔法のこと、鷹司が誰かから聞いた可能性もあるだろ。


……ん?


でも、誰から?


あいつの解除魔法を知っているのは、貨物室で直接見た、僕とシステル。

それに、カメラ越しに見ていたブリジット。


いや、待て。

あの場に、僕たちが逃がした傭兵がいたはずだ。


上のフロアまで逃げた彼らは、たぶん鷹司に治療してもらったのだろう。

そのときに聞いた――

そう考えれば、別に不自然でもない。


……やっぱり、これはシステルの考えすぎじゃないか。


それよりも。


魔法で逃げられない、という事実のほうが、

よほど深刻だ。


元の場所に戻る。

ループする。


それを聞いて、システルは鏡を連想したんだろう。

でも――

元の位置に戻る動きって、鏡の反射と同じだと考えていいのか?


それに彼女は、あの妙な船についても、何か呟いていた。


もしかして、あれは……

魔法の鏡にでも映った、

「今、僕たちが乗っている船」なんじゃないか、とでも考えたのか。


……いや、ありえない。


出発前、地上で見た船とは、形が違いすぎる。


でも――

もし、僕たちが幻を見せられている間に、別の船へ移されていたとしたら?


そんなこと……

本当に、ないと言い切れるのか?


そんな考えが頭を巡っていると、ようやく、鷹司が口を開いた。


その一言で、僕の中の思考は、いっせいにひっくり返った。


「どないして、システルはんは

 このお船にお乗りになってはるんどすやろ?」


……え?


彼女は、問いに答えず、まったく別の問いを返してきた。


どうして、そんなことを?


システルが、戸惑ったように言い返す。


「そんなの、校長先生に言われたからでしょ。

 第84層世界で、魔物たちの世界との門の

 封印作業を手伝いに行けって。

 ……それは、あなたも知ってるはずよ」


鷹司は、穏やかな声で続けた。


「せやけど、第84層世界は、

 転移門が閉じられておりまへんのどす。

 お船で行かはらんでも、

 門をお使いになれば、

 よろしいんとちゃいますか?」


システルは、間髪入れず答えた。


「それは……校長先生が、

 船で行って、第84層に戻る魔女と

 合流するようにって――」


そこで、言葉が止まった。


システルは、考え込む仕草を見せる。


そうだ。

確かに、そう言われたはずだ。


……はず、なんだけど。


その記憶を辿ろうとした瞬間、

また、鋭い痛みが走った。


なんだ、この痛み。


その瞬間、

会議室の光景が、

フラッシュバックのように頭を駆け抜ける。


僕たちは、会議室に集められた。

校長は、自己紹介の時間すら惜しんで、

第43層世界の大災害と、

第84層世界の門について説明していた。


時間を惜しんで……?


会議室にいた人たちの顔が、

次々と浮かぶ。


校長は、いた。

それは間違いない。


教頭も――

そして、エラーラ先生。


……他は?


思い出そうとするたび、

頭をトンカチで叩かれるような痛みが襲う。


記憶に、霧がかかっている。


もしかして――

他には、誰もいなかった?


だから、紹介する必要がなかった。

みんな、知っている顔だったから。


……そうだ。


高等科の三人も、いなかった。


頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。


そのとき――

一定の間隔で、音が聞こえてきた。


赤ん坊の泣き声……?


まるで何か、別の生き物の声だ。


……鳥?


痛みに耐えながら、ふと思う。


これ……

ガチョウだ。


ガチョウの鳴き声に、似ている。


赤ん坊の泣き声ってガチョウのに似てるんだ。

そんなことに気づいて、僕は、頭痛に苦しみながら、思わず苦笑いしてしまった。


そのとき、隣からシステルの声が飛ぶ。


「やっぱり……あなたなの。これって、そういうことなのね」


彼女は周囲を見回し、鷹司に向かって叫ぶ。


「でも、どうしてこんなことをするの?

 目的は、なに?」


鷹司は、穏やかに答えた。


「システルはんらにも、

 知っといてほしかったんどす」


「……知っておいてほしかった?

 それって、いま起こっていること?

 じゃあ、何もしないで放っておいても、

 私たちは無事出られるの?」


鷹司は、それ以上、何も言わない。


システルは、その表情を見て悟ったように言った。


「……そういうわけでも、なさそうね。

 きっと、何かが起こる。

 それは何? 教えなさい」


鷹司は、微笑みを崩さない。


それを見て、システルは言った。


「道は……自分で探せ、ってことかしら」


鷹司が、かすかに笑う。


「まだ、エンディングは迎えておりまへん。

 急がんと、あきまへんえ」


システルが、呟く。


「……急いで、エンディングを目指す?

 どうやって……」


彼女は、はっとしたように周囲を見る。


「私、本当は、この船に

 乗っていちゃいけない存在なのかもしれない。

 だから……違う。

 私の役目は、別にある」


視線が、巡る。


「きっと、役目は最初から決まっていたはず。

 一体……それは誰?」


そして、システルは、僕を見た。


「あんた。

 自分に、何か変わったこと、ない?

 なんでもいいから」


……僕?


頭痛が、少し引いてきた。落ち着いて考える。


「……記憶が、かなり混乱してる。

 特に、あの会議室の日のこと」


「うん。わかった。他には?」


「ええと……

 それより、今の鷹司の言葉――」


「彼女のことはいいわ。今は、あなた」


……変わったこと、か。


さっき、ひどく頭が痛かった。

それ以外は――


……お腹が、全然すかない。


……他は?


思いつかない。


とりあえず、口にした。


「……僕には位相のずれが起きてない」


その瞬間、システルの表情が変わった。


「……ね」


彼女は、続けて問いかける。


「あんた、どうして起きてたの?」


「起きてた?」


「そう。船室で

 私を起こす前から、起きてたでしょ。

 どうして?」


「それは……

 次光壁を越えるとき、船が揺れたから――」


そこまで言って、気づいた。


……違う。


僕は、次光壁を越える前から、起きていた。


……なんでだ?


目を覚ました記憶がない。

眠った記憶もない。


どうして、あの時間に起きていた?


システルは、僕の様子を見て、確信したように言った。


「あんたが……観測しているのよ」


そのとき、小さく電子音が鳴った。


システルはスマホを取り出し、

画面を一目見て、僕とニケに見せる。


出ていなかった時刻が表示されている。


AM 5:24


――僕が、システルを起こした時間。


……どうして。


あれから、何時間も経った気がするのに。


これって……

まだ、一分も経っていないってことなのか。


僕とニケは、顔を見合わせた。


そして、僕は聞いた。


「観測って……何を?」


そう聞き返しながら、僕は周囲を見回した。

このフロアには、大勢の人が息を殺すように立ち尽くしている。

システルの顔をうかがいながら、続ける。


「……これ?」


「そう。これ」


彼女は短くうなずいた。


「でも、これって何なの?

 鷹司が作った幻?」


システルは、首を振る。


「わからない。

 でも……話を聞いてる限り、

 何かの記録か、

 誰かの記憶――

 そんな気がする」


その言葉を聞いて、僕はもう一度、ゆっくりと周囲を見回した。

信じがたい。

この目に映っている光景が、何かの記録か誰かの記憶だなんて。


本当に……?


そのとき、ふと気づいた。


鷹司の肩に乗っている猫が、僕をじっと見つめている。

僕と同じ、真っ黒な毛並み。

たしか、下の客席フロアでも――あの猫は、同じように僕を見ていた。


視線が、外れない。

まるで、何かを伝えようとしてくるみたいだ。


……こいつ、何か知ってるのか?


聞きたい。

直接、問い詰めたい衝動が喉までせり上がる。

けれど、今はまずい。

僕はそれを必死に押し殺して、システルに向き直った。


「それって。

 僕が見ている光景の中に、システルたちが入り込んでるってこと?

 それで、この僕が見てるものは……記録か、記憶なの?」


一息置いて、続ける。


「あいつの魔法じゃないのかい?

 だったら、そんなに危険じゃ――」


「たぶん、ほとんどは、あんたが言った通りよ」


システルは、かぶせるように言った。


「あいつの魔法じゃない。

 でも……危険じゃない、ってわけでもないと思う」


その声は低く、どこか硬い。


「彼女が言った通り。

 急いで、出ないといけない」


――その瞬間だった。


何の前触れもなく、船全体が、叩きつけられたみたいに大きく揺れた。


「っ――!」


システルの体が大きく傾ぎ、足元を取られる。

僕は反射的に踏ん張るが、床そのものが唸りを上げている。


このフロアのあちこちから、押し殺しきれなかった悲鳴が、いくつも上がった。

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