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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第三章
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第二十五話

次第に――あの感覚が強くなっていく。貨物室のあれから感じた気味の悪い感覚。

見えない点と点が結びつき、線を描き、形となり……空気そのものが軋みを上げて実体を作り始めていた。

今、あれが――あの全ての発端が、展望室に現れようとしている。


あいつを見ると、天井を見上げたまま、ゆっくりと口角を吊り上げていた。

その表情は、まるで自分が長年待ち望んだ神を目の前にしたかのような――狂気じみた歓喜と恍惚。きっと、あの様子だとあいつはまだ気づいてない。


そんな様子を注意深く見ながら、システルが一歩だけ後ろへ下がり、そのまま足をわずかに開いて体の軸を整えたのが見えた。


そして、ゆっくりとあいつに言葉をかける。

 『あなた、上と下の両方に気を配らないといけないから大変ね。

どう? 長いこと探していた物が、一度に二つも手に入る気分は。

――私をここまで追いかけてきた甲斐はあった?』


あいつが天井を見上げるのをやめ、システルに視線を移す。

その顔がはっきりと見えた。

無感情なようでいて、どこか楽しんでいる――そんな笑み。

『取引の場所を……今から変えていただけませんか』


システルの肩が、かすかに揺れる。

『どういうこと? 取引の場所は、私たちが決めるって話だったはずよ。

 それに、私たちはあなたに一度歩み寄ってあげたの。

 ――今さら、条件を変えるって言いたいの?』


システルがポケットからスマホを取り出し、あいつに見せつけるように掲げる。

『私たちには、これがあるのを、もう忘れたの?』


あいつは、その動きを気にも留めず、口の端をゆるやかに上げた。さっきも見せた僕たち見下すような表情。

『あなた方が、あまりにも無知だからですよ。 わたくしが教えてさしあげると言っているのです』


その言葉に、一瞬の間が空いた。システルがわずかに首を傾ける。

『……何が言いたいの?』


あいつがゆっくりと口を開いた。

『あなた方は――この船を離れ、わたくしの元から逃れれば助かると、そう思っておられる』


そこでわずかに口元を歪め、あたかも哀れんでいるかのような声音で、続けた。

『だが、今あなた方がいるこの空間を、他の境界領域と同じだと思うのは――あまりにも哀れだ。

 あなた方がこれまで観測してきた事実と意識は、別の場所にあるのですよ』


――いったい、あいつは何を言っている? 事実と意識は別の場所って、どういう意味だ?


短い沈黙ののち、システルが静かに言葉を返した。

『あなたの言ってることは難しくて、私にはよくわからないわ』


そう言って、ほんの一瞬だけ天井に視線を上げる。いまだ上からはあれから伝わってくる波動が空気を小刻みに震わせていた。


『もしかして、こう言いたいの?

 ――他と同じやり方じゃ、ここからは出られないって』


その言葉に、あいつの笑みがさらに歪んだ。


『なら、取引の場所を変えれば、この空間からの脱出方法を教えてくれるのかしら』


それに、あいつは鼻でふんと短く笑って返す。

『あなた方が、あの展望室とやらに罠を仕掛けているのは分かっています。どうするかはわかりませんが、わたくしめをそこへ誘い込むつもりだったのでしょう』


システルがしばし沈黙したあと答えた。

『罠?完全に疑われちゃってるみたいね。なら、どこならいいの? ここ? あっ、ここは客席が邪魔か。だったら下のフロアにあるアトリウムはどう?』


そのとき、上から──展望室からの魔力の波動が、空気を引き裂くように降りてきた。体が震えるほど強い。この感覚は、あれが完全に実体化したに違いない。

僕の背筋がその感覚にぞくりと反応する。あいつの顔が、歓喜で満ち溢れた。天井を仰いでいる。――その表情はまるで世界の全てを支配したつもりでいるようだ。


システルは、視線の先を動かすように微かに首を左右に振りながら、しばらく黙ってその様子を見ていた。やがて、彼女の口から低い声で言葉が投げられた。

『実は、私にも、あなたに教えてあげることがあるのよ』


その一言で、あいつの笑みが止まる。唇がわずかに歪み、眉が寄った。

歓喜の世界に漂っていたのを中断され、どこか苛立ちにも似た影が顔に差し込む。


『こういう大きな船って、普通の乗客には入れないけど、貨物室の下にもフロアがあるらしいの。だから、私が起こした爆発でできた穴から私の仲間が貨物室に入れたみたいなのよ。あなた、扉や壁には強力な結界を張ったみたいだけど、床までは、そんなに気が回らなかったみたいね』


あいつは展望室の方を見上げていたが、すぐに視線を自分の足元へと落とす。しばらくの間そこを睨み続けたあと顔を上げた。ようやく今になって、あいつは気づいた。


『貨物室のあなたの大事なもの、展望室に移動させてもらったわ』


きっとシステルは下にいる誰かと連絡を取り合い、その誰かの転送魔法で貨物室の“あれ”を展望室へ移したんだ。

騙されていることに気づかないあいつは、展望室に現れたそれを、今の今まで二つ目だと思い込んでいた。


『貨物室であなたの上に物資を落としたのと逆みたいなものよ。貨物室でも直前まで気付かなかったし、あなた、意外に鈍いのね』


あいつの瞳が、殺意で真っ赤に染まったように見えた。激しい憎悪がここまで伝わってくる。右手がゆっくりとシステルに向けられる。が、それが途中で止まった、右手が微かに透けているのがここからでもわかった。小さな光の粒があいつの周りで踊り始めている。


自分に魔法がかかっていることに気づいたのだろう。すぐに驚愕の色が表情に浮かぶ。

『お前、最初から俺を騙すつもりだったな!』


……そう、あいつにはほんの少し前に転送魔法がかけられていた。

システルがあいつとにらみ合っている間、隙をうかがっていることに、僕は後ろから見ていて気づいた。

彼女はあいつが騙されたと悟り動揺して、警戒がわずかに薄れたその一瞬を逃さず、魔法をかけたのだ


『あなたを騙しても、私は何の罪悪感も感じないわ。 あなた、貨物室にいた人たちを皆殺しにしたでしょ。もし一人でも生存者がいたら、私はあそこで爆発は起こせなかった。

 あなたは自分で自分を追い詰めたのよ。これから、あなたはとても重い罰を受ける。犯したことの重さを、一つ一つ刻み込んでいくわ』


そして、短く、吐き捨てるように言った。

『じゃあね』


あいつの右手が光を集める――魔法が放たれる直前、システルは光に包まれた。眩く瞬く閃光が一拍だけ走り、次の瞬間にはもう、そこに彼女の姿はなかった。

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