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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第三章
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第二十一話

長い沈黙を切り裂くように、あいつが一歩、前へと踏み出してきた。その動きに合わせるように、システルも小さく息を飲むと、慎重に一歩退く。


そして、あいつの様子を伺いながら手にあったスマホを静かに掲げた。その画面がちらりと僕の目に入る。その表示には、けたたましい勢いで数字が減っていく様子が映っていた。


今見えたのって、ストップウォッチじゃないのか?

システルは……あんなものを、あいつに見せて何をしようとしているんだ?


「この機械、あなたも見たことぐらいはあるでしょ?」システルは低く言いながら、スマホを少しあいつに向けて突き出した。

「でも、見たことがあっても、これが一体、何かまではわからないんじゃない?」


あいつはただ黙って彼女を睨むように見る。だがシステルはその鋭い視線を意にも介さず、言葉を続けた。

「わからないみたいね。なら、教えてあげるわ。この中には、強力な精霊を宿らせてあるのよ。あなたがよく知っている時代にも、そういうのがいたはずよね」


そこまで言ってから、彼女は一度言葉を切り、少し口調を変えて言った。

「貨物室で――あなたがあそこで死なせた人たちも、みんなこれを持っていた。だから、あそこには、主を失ったこれが床にたくさん散らばっているわ。あの爆発は、彼らが私の合図で次々と自らの力を開放しているのよ。主の仇に少しでも報いたくてね」


ちょうど、今の言葉が途切れた瞬間、彼女が持っているスマホが二回震えた。すぐに左手首が光を放ち、船の底の方で再び大きな爆発が起きる。床を伝う振動が、僕らの足元を震わせた。


「彼ら、もう待ちきれないみたいよ」システルは平然とした表情で告げた。


あいつは一、二歩、システルへ踏み出し、右手をこちらに向けて差し出した。危険の色が漂う。だが、システルは後ずさりながら言った。

「おっと、私を殺しても無駄よ。あなたが来ると分かっていたから、この船の人はみんなこれを持っているわ。すぐに私の代わりが、貨物室のあれを壊すわよ」


壁際に立っているブリジットたちも、ポケットからスマホを取り出し、あいつの方へ画面を向けた。すると、あいつは足を止め、上げていた腕を下ろし、システルとブリジットを交互に見つめた。鋭い眼差しの奥に迷いが滲む。さっきまでの圧は、ひと呼吸ごとに薄れていくのがわかる。


「よく考えて次の行動を決めた方がいいわよ。そうしないと、あなた、二つとも失うわ」


あいつは俯き、動かなくなった。沈黙の中で、僕の思考もまた巡る。システルの言っていることは――大半がハッタリだ。スマホに精霊なんて宿ってなんかいない。きっと彼女は、あいつがスマホのことを何も知らないと思い、口から出まかせを並べてる。


だけど、あの爆発は、貨物室の中で起きているという感覚は僕の体に伝わってくる。それは確かだ。


あの爆発を起こしているのはなんだ?いや、誰だ?


システルの仕掛けた魔法陣を、あいつが見落としていたのか。もしくは――あいつの結界を破れるほどの魔法かスキルを使える人物が、この船にいるのか。


でも、よく考えれば、システルの魔法陣はあそこまでの爆発は起こせない。せいぜい木製のものを壊せるぐらいだ。鉄で出来たものなら表面に焦げが出来るぐらいだろう。

だとすると残された可能性は一つ、Aランク以上の冒険者が紛れ込んでいるか、いや、もしかしたら最初からあの貨物室に潜んでいたということも考えられる。


……と、そこまで考えて、僕は自分の考えを振り払った。

もし本当に冒険者の仕業なら、あの規模の魔法やスキルの発動を僕が感じないはずがない。気配も、詠唱も、魔力のうねりも、何もなかった。ただ突然、爆発しただけ。


ならば――魔法やスキルじゃない。もっと単純な、爆弾みたいなものじゃないのか。

武装船の姿が脳裏に浮かんだ。彼らはあいつの襲撃を読んでいた。高性能の爆薬を積み込んでいたとしてもおかしくない。貨物室に生き残りがいて、それを使っているんじゃないだろうか。


ちらりとシステルを横目で見る。彼女は動じもせず、ただ、あいつの出方を待っている。


――彼女はどうして下に生き残りがいるとわかった? 


だが、その表情からは何も読み取れない。

……いや、待てよ。


爆発の直前、彼女のスマホが震えてすぐに手首が光っていた。あの震え、誰かがメッセージを送って来たのだろう。その送り主は、たぶん、船の下にいる誰かだ。システルは下にいる誰かと連絡を取り合っている。きっと、そうだ。でも、なぜ、そのあと彼女の左手首が光った?

あのブレスレット……あれに登録してある何かの魔法が、爆発に関係しているのか?


そう思った瞬間、僕の頭の中にある光景が浮かんだ。そして気づいた。あの爆発を起こしているのは爆薬じゃない。ましてや冒険者の仕業でもない。


――魔法具だ。


高効率魔力蓄積ユニット。


立派な名前がついているけど、ホームセンターに行けば誰でも買える魔力のバッテリーのようなものだ。

照明や調理器具の動力源として、キャンプや祭りの出店、災害時の避難所でよく使われている。


システルが貨物室のハッチの封印が終わったことを伝えに行ったとき、あれをいくつも床に転がしていた。もし、そのままなら今も何個かはコンテナや物資の下に埋もれているはずだ。


あれには、過充填や過放出を防止する安全装置がついていて爆発や発火を防いでいるのだが、以前、システルが「夜でも自分たちの庭だけが真昼のように明るかったら素敵じゃない」と、突然わけのわからないことを言い出して、その安全装置を改造し、その結果、あのユニットは大爆発を起こして、庭に大穴を開けた。


いま、貨物室で起きている爆発は、きっと、それだ。


あいつが動き回っていた時代には、あのユニットのようなものは存在しなかったに違いない。それであいつは気づかなかった。だから、あのユニットは無傷のまま、あの貨物室にある。

ユニットの中には最大でメテオ十数発分の魔力を蓄えられる。もし、それを一気に解放しているとしたら。そう考えて、僕は軽く身震いをした。


そして、もう一度システルを見た。無表情の横顔が、ただ相手を睨み続けている。

彼女のその漆黒の瞳の奥をじっと見ながら、僕は思った。あの時、彼女は既にあれをこう使うと決めていたのだろうか。それとも、この未来を予知していたのか?


一体、今、彼女は何を考えているのだろう。

でも、あの爆発を起こしている、その張本人の横顔からは、僕は何ひとつ読み取ることができない。


張り詰めた沈黙の中、あいつが大きく息を吐いた。そして窓の外を見ながら言った。

「すでに、この船の外を漂っている、あの脱出用の小船については、どのような扱いとされるのでしょうか?」


即座にシステルが返す。

「同じよ。取引が終わるまでは、あのままにするわ」


それを聞くと、あいつは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずいた。

「いいでしょう。あなた方のその条件、受け入れましょう」

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