第五話
第18層世界――
そこには、「発見されたのはわずか3年前」と記されていた。
あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。次層世界が新たに発見されるのは、実に二十数年ぶりのことだった。
それだけでも世間を揺るがす大ニュースだったが、この発見はとりわけ異例だった。
誰も予測していなかった。想定されていない位置に突如として見つかった世界。
その結果、従来「第18層」とされていた世界は第19層に繰り下げられ、それ以降の層の番号もすべてずれ込んだ。
層の番号は、第1層世界からそこに至るまでに超えなければならない「次光壁」の数で決まる。「次光壁」とは、世界の狭間に存在する不可知な障壁であり、それを突破しなければ次の世界へ進むことはできない。そして、新たに発見されたこの「第18層世界」は、かつての第18層よりもその壁の数が1枚少なかったのだ。
層の繰り下がりなど通常はありえない。俺たちよりも遥か昔、次光船の技術を発見し旅を始めた者たちの記録を紐解いても、確認されているのはわずか二回だけ。あの長命なエルフですら、一生に一度経験するかどうかという稀有な出来事だった。
こうした歴史的な出来事に、世間が沸き立たないわけがない。新たに「第18層」となった世界を訪れようとする人々が次々と現れた。旅行会社は競うようにツアーを企画し、大量の人間が新世界へと旅立った。
仲間内には風変わりな名所を巡る独自ツアーを企画して荒稼ぎをした者もいたほどだ。
そんな出来事を思い返していると、再び、あの二人の顔が脳裏に浮かぶ。
彼らは駅のカフェでこう言った。
「自分たちは第18層世界から来た」と。
そして今、様々な世界を巡りながら、冒険者──いや、実際には傭兵──を探し集めていると説明した。
聞けば、彼らの国の北側には広大な森が広がり、その森に住む魔物たちに長年苦しめられてきた。特にその頂点に君臨する「慟哭の王」と呼ばれる存在は、何度討伐軍を送っても倒すことができず、最近になって再び魔物たちが森を越え、街や村を襲い始めたという。
国は新たな討伐軍の派遣を計画していた。しかし、彼らの国は辺境に位置し、次光船の港がある国に比べて他の次層世界との交流が乏しい。そのため、文明の発展は遅れ、軍備の近代化もままならない。
民間の軍事企業やギルドに頼んでも、知名度の低い辺境の国ということもあり、良い返事は得られなかったらしい。
「あなた方の世界で言う、中世のようなものです」と彼らは自嘲気味に笑った。
そんな折、俺が子供を救った魔法を目にして、彼らは声をかけてきたのだという。
正直なところ、話を聞いてすぐに断るつもりだった。
危険が多いことは明らかだし、彼らの国のことも知らなければ、第18層世界に行ったことすらない。
そして彼らが話す「慟哭の王」に関しても、正体どころか、その名が正しいのかすら分からないという。
さらに追い打ちをかけるように、彼らはこう言った。
「討伐が成功しても、十分な報酬はお渡しできないかもしれません」
それでは、いくら物好きな俺でも気が進まない。
──はずだった。
気づけば、俺は椅子を蹴って立ち上がり、ホログラムに近づいていた。空中に浮かぶ光の軌跡を目で追いながら、二人が次に口にした言葉を思い返す。
「ですが、我が国には神託の木と呼ばれるカンティークルの木があります」