第十五話
僕たちがシステルのもとに駆けつけると、息を整える間もなく口を開いた。
「……あいつが来る。あと二、三分で、このフロアの階段の扉まで」
その言葉に、システルとブリジットが目を合わせた。
ブリジットがそばにいた三人の魔女たちに軽く頷く。
三人はすぐに反応し、足早に船首の方へ向かっていった。
システルは、全員が揃うと皆に聞かせるような声で言った。
「あいつは自分を強力な防御魔法で守っていて、魔法も物理攻撃も通じません。けれど、自分から先に仕掛けてくることは、まずないと思います」
彼女は一呼吸置いて続けた。
「それに、貨物室で見たとき……透明と隠密化を使った相手の位置を正確に捉えられていませんでした。おそらく、この二つの魔法で身を隠し、動かずにいれば――こちらの存在には気づかれにくいでしょう」
鷹司が不安げに口を開く。
「でも、あのご老人は広範囲の解除呪文を使って……」
ブリジットが、それにまるで独り言のように答えた。
「確かに、いずれは気づかれるだろう。だが、最初からこちらの人数を教えてやる必要はないか」
彼女は短く考え込んだあと、告げた。
「姿を見せるのは、私とシステルだけにしよう」
「せやけど、動かへんかったら何もでけへんし……。ウチ、ほんまに助けてもらえるんやろか」
ロキシーが肩をすくめて言う。
ブリジットは振り返り、彼女に微笑んだ。
「大丈夫だ。皆で必ず助ける」
システルは視線をニケに向ける。
「ロキシーと、その隣の人に――最大のシールドを」
ロキシーの隣には、長いクォータースタッフを構え、引き締まった筋肉の腕に魔術の刻印を施した女性が立っていた。
ニケは静かに頷き、二人に厚いシールドを張る。さらに一人の魔女が近づき、防御呪文を重ねた。
そのとき――。
階段にかけた封印が破られようとする感覚が走り、同時にフロア全体に大きな衝撃音が響いた。
「……お出ましのようだな」
ブリジットが呟き、すぐにシステルを見て確認するように言った。
「さっき決めた通りだ。老人には、奴の欲しがっているものを渡すことを条件に、この船にいる全員の安全な避難を飲ませる。“あれ”を渡すと告げ、展望室に誘い込み、閉じ込める。できるだけ会話は引き延ばすこと。そして、もし目的が取引ではなかった場合――君はすぐに、そのブレスレットで下のフロアへ跳び、脱出ボットに乗れ」
システルは黙って頷くと、スマホを取り出し、素早く指を動かした。
再び、大音響がフロアを震わせる。
階段の扉には、特に強力な魔法の壁を施してある。
あいつでも、そう簡単には破れないはずだ。
僕は気になって、システルの肩に飛び乗り、小声で尋ねた。
「あいつを展望室に閉じ込めるって……どうやって誘い込むの?」
「段取りは、今、準備してるわ。うまくいけば、あそこに閉じ込められる」
システルは落ち着いた声で答えた。
「じゃあ、さっき船首に行った三人は?」
「彼女たちは、この船の姿勢制御装置を止めることになったときのために残った船員さん達を守るの。それと、脱出の手伝いもね。全員、転送魔法が使えるから」
そこで彼女は、ふと気づいたように顔を上げた。
「そういえば……私たちを案内してくれた船員さん、言っていたわよね。いつもは使わない航路を通るって」
僕は頷いた。
「ってことは、あまり船が通らない航路よね?」
「……たぶん」
「じゃあ、なんでここに信号なんて置いてあるのかしら」
再び轟音がフロアに響く。
「そんなこと今はどうでもいいじゃない。もうすぐあいつが来るんだよ。準備しないと!」僕は思わず声が大きくなった。
「でも、普通、信号は船が多く通るところに置かれるはずよね」
「きっと、通るすべての航路が“いつもは使わない”ってわけじゃないんだよ。今いる場所は……航路と航路の接続部分とか、そういうのなんだ」
「でも、私、時々外を見ているんだけど……一隻も船が通らないのよ。信号があるのに」
「そ、それは……朝が早いからだよ」
僕は強引に答え、壁の時計に目をやった。
だが、そこには何の表示も浮かんでいなかった。
思わず窓の外を覗き込む――
「あれ?」




