第四話
事務所の扉を開けると、自動で照明が点いた。二週間ぶりの帰還だ。
室内を見渡すと、応接スペースのテーブルに出発時のカップがそのまま残されているのが目に入り、思わず苦笑いがこぼれた。琴遥に「暇なときでいいから」と掃除を頼んでおいたのだが、完全に無視されたらしい。
もう一度室内を見回す。相棒のエルドは、まだ戻っていないようだった。
窓際に置かれた自分の机へ向かいながら、ふと外を眺めた。すっかり日が暮れ、街の明かりが闇を彩っている。近隣のビルの窓には、宝石を散りばめたような明かりが点々と灯り、遠くには先ほどまでいた高層ビル群が見える。その頂には赤い警告灯が点滅し、無数の窓の明かりが幾何学模様を描いていた。
ここは十四階建てのオフィスビルの十階。独立してここに事務所を構えてから、もう十五、六年の歳月が流れていた。
魔法使いギルドを飛び出し、仕事で知り合ったエルドと共に立ち上げたこの場所。「魔法コンサルタント」という立派な看板を掲げてはいるが、実態は魔法を使った何でも屋だ。村に出没する魔物の討伐に始まり、古代遺跡の調査、要人の護衛、果ては借金踏み倒しの追跡で何層もの世界を股にかけたこともある。当初は「三年でここを出る」とエルドと誓い合ったものの、今もこの場所で燻っている。
机の上を見ると、猫の形をした写真立てが倒れていた。おそらく先ほどの地震の影響だろう。目を凝らせば、本や小物が室内のあちこちに散乱しているのが見える。
俺は手を伸ばし、写真立てをそっと起こすと、そこには、幼い琴遥を抱いて微笑む女性の姿があった。
写真を静かに机へ戻し、椅子に深く腰を沈めた。大きく息を吐くと、先ほどの二人との会話が頭をよぎる。思い立ち、AIにブラインドを下ろすよう指示し、次層世界のインデックスを表示させた。
機械音が小さく響き、窓のブラインドが滑らかに降りると、室内は完全な闇に包まれた。その瞬間、部屋の中央に90層からなる世界のホログラムが浮かび上がった。それぞれの層には簡潔な説明が付されている。
上から目を走らせていくと、いくつかの層に「Not Found」の表示が見える。存在が予測されながらも、道が見つからず、まだ到達できていない未踏の世界だ。
視線をゆっくりと移し、18番目の世界に目を留めた。




