第三話
階段への扉を押し開けた瞬間、階下から押し寄せるような怒声と叫びが耳を突いた。
さっきまで静まり返っていた船内が、一気に騒乱の渦に飲み込まれたようだった。
僕たちは互いに言葉も交わさず、段を飛ばす勢いで駆け下りる。途中、すれ違った数人の船員たちは、皆、顔をこわばらせ、こちらには目もくれず階段を昇って行った。
客室のフロアに着くと、状況を知らせに行ったニケとそこで別れ、僕とシステルは、さらに下の階へと向かった。
息を切らしながら、僕は思わず口にする。
「……あの棺みたいなやつ、正体は分からないけど、武装船のシールドを一撃で貫いたんだよ。僕たちにどうこうできる相手じゃない。やっぱり引き返して、みんなと合流したほうがいいよ」
システルは駆け下りながら、ほんの一瞬、視線を落として考え込むような顔をした。
だけど僕の提案には答えず、短く言う。
「あれは――棺じゃないわ。そう……鍵。もしかしたら、鍵穴のほうかもしれない」
「……鍵? なんでそんなことがわかるの?」
「あれから見えたの。それがLock系の魔法を使ったときとそっくりだったわ。きっとあれは鍵に関係する何かよ」
「Lock……?」
思わず言葉が詰まる。
Lock系といえば、鍵を開ける《Knock》や、封印を施す《Arcane Lock》がある。でも僕には、あの棺からそんな気配は感じられなかった。
そもそも、魔法って発動したものを見たり感じたりして、それが何か分かるものなんじゃないだろうか。
“あれから見えたの”って、いったいどういうことだろう?あの棺が《Knock》でも唱えていたとでもいうことなのか?
疑問を抱えたまま、階段を駆け下りるシステルの横顔を盗み見る。
彼女の意識はもう別の方向へ飛んでいるようだった。
――ほんと、システルは時々とんでもなく不思議なことを言う。
昔、一度だけこのことを聞いたことがある。
そのとき彼女は、意地悪そうに笑ってこう言った。
「私が小さいとき何度も言ったけど、あなたたちぜんぜん相手にしなかったじゃない」
それっきり、何も教えてくれなかった。
そんなことを考えているうちに、貨物室があるフロアへたどり着いた。
僕は小さく目で合図を送る。システルは短くうなずき、階段を下りる足を止めた。
もう一度、彼女に合図し、探知魔法で“あれ”の位置を正確に探る。
――あの不快な気配。すぐに分かった。
まだ、船の外だ。
同時に、全身に小さな震えが走る。
複数の魔法が、立て続けに発動している……そんな感覚だった。
これは……何だ? どこで?
意識をさらに深く探知に沈める。
――この魔力の波も、船の外。
きっと誰かが……いや、何人かが、外であれに攻撃を仕掛けている。
探知を止めて、僕はシステルに言った。
あれはまだ外にいること。そして、外で戦いが行われているらしいこと。
彼女は聞き終えるや否や、階段脇の通路へのドアを押し開けた。
誰もいない、がらんとした通路。足音すら吸い込むような静けさ。
すぐ正面に、貨物室への重い扉がある。
そのとき――
船体が低く唸り、わずかに揺れた。
動き始めた……後進だ。しかも、速度がじわじわと増している。
逃げているのか――あの棺みたいな何かから。
考えが形になる前に、システルは静かに貨物室の扉に手をかけた。
鍵はかかっていない。ゆっくりと押し開ける。
中は、目が痛むほど白々とした照明。
奥の方から、低く押し殺した男たちの声がいくつも重なって僕の耳に聞こえてきた。




