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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第三章
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第二話

「システル」









「……システル!」











「起きて、様子がおかしいんだ」



僕は、何度も彼女の耳元で名前を呼び続けた。

何かが、違う。このままではいけないという感覚が、波のように押し寄せてくる。


急いで、彼女を起こさないと。


何度かの呼び掛けのあと、ようやく彼女はゆっくりと目を開けた。

けれど、その瞳はまだ夢の中をさまよい、どこか遠くをぼんやりと見つめている。

まだちゃんと起きていないのは分かったけど、気にしている時間はなかった。


「さっきから様子が変なんだ。船が……もう一時間以上も止まったままなんだよ」


言葉を投げかけても、反応がない。

まだ目が覚め切っていない彼女は、話の意味を飲みこむのに時間がかかったみたいだった。


そして、少し間があり、彼女はうっすら眉をひそめて僕を睨んだ。

そんなことで起こすなというような目。でも、すぐに表情を切り替えて、上半身を起こす。

僕を見下ろしながら、言葉を返すでもなく、目だけで続きを促した。


「窓の外、見てみて。妙な船がいるんだ。この船が止まったのは、そいつが現れてからなんだ」


彼女はゆっくりと時計へ視線を落とす。AM5:24。一度ため息のように瞬きし、それから体を窓の方へ向けた。


眠そうな目をこすりながら窓の外を覗いた彼女の顔が、その一瞬で変わった。両方の瞳が微かに光る。

そして見る見るうちに表情が険しくなり、口元が引き締まった。


「……あの船、どこから来たの?」


「僕にもわからないんだ。次光壁を越えたとき、少し大きな振動があった。その直後にこの船が急減速して、気づいたらあの船があそこにいたんだ」


そのとき、別の声が横から割り込んできた。


「信号が赤だわ」


振り返ると、ニケも目を覚ましていて、寝ぼけた顔のまま窓を覗き込んでいた。


「そう、その時からずっと信号も赤のままなんだ」


この空間には、船の往来が多い地点ごとに浮遊式の信号が設置され、船の衝突を防いでいる。


じっと船を見ていたシステルが言った。


「あの船……すごくゆっくりだけど移動しているわね」


続けて、ニケが首をかしげながら言った。


「なんだか……ちょっと変な形してない? 見慣れた感じじゃない」


確かにそうだ。全体のシルエットは次光船に見えるけど、船首のシールド発生装置、船尾の推進機――細部は、僕たちの知っているどんな船とも違っていた。


そのとき、システルがベッドから出て言った。


「あの船、もっとよく見たいわ。上の展望室に行きましょう」


「うん、わかった」

と答えて僕が一歩踏み出そうとした瞬間、彼女が腕を伸ばして船室の入口のほうを指さした。


……ああ、そうだった。


(失礼しました。気づかなくて)


心の中でそう言いながら、急いで僕はドアのほうに歩いて行き、背を向けて座った。



* * * 



「うーん……よくわからないわね」


展望室に入るなり、システルは持ってきた魔法具からスコープを取り出すと、片目を当ててあの不審な船をじっと見据えていた。


「……何かの魔法がかかってる気がするのよ。はっきりとは言えないけど、何かを感じるわ」

「あれって、人、乗ってるのかな……?」


今、彼女が覗き込んでいるそれは、お気に入りの魔法具のひとつで、視野の中の魔力を帯びた対象を捉え、魔力量と距離を表示してくれるものだ。


しばらく覗いたのち、システルはスコープを下ろすと、小さく息を吐いた。そして、今度はポケットからスマホを取り出した。あの魔法識別アプリを立ち上げ、カメラを船に向ける。何度か角度を変えて試すが――


「これもダメね。何も表示されないわ」


そう言って画面をこちらに向ける。そこには解析結果を示すはずの項目がすべて空白だった。

僕はすぐに視線を窓の外に戻す。


あの船は、進路を塞ぐように右舷前方に居座り続けている。システルの言う通りわずかに動いているみたいだけど、離れる気配はない。


──最初は海賊船かと思ったけど、幽霊船のほうがしっくりくるな。


信号が赤のままなのは間違いなくあの船のせいだ。ここに信号があるということは往来のある航路のはずだが、早朝のせいか他の船影は見えない。


あれはいったい、何を目的にここにいるんだろう。


展望室に来てから、もう三十分近く経つ。それでも状況はほとんど動かない。

僕は諦め気味に周囲へ目をやった。もう、これで何度目だろう。


すぐに左右に並ぶ二隻の武装船が目に入る。出発時に見かけたものだ。

どうやらここまでずっとついてきていたらしい。今は二隻とも、この船と同じく完全に停止している。


……もしかして、この護衛って、最初からこうなることを想定してたんじゃないか?


そんなことを半ば冗談めかして考えていたその時だった。視界の端で妙な動きがあった。


「……あれ?」


あの船の下から、小さな黒い点のようなものが現れ、こちらへ向かってくる。距離があるせいで形ははっきりしないが、船と比べるとはるかに小さい。


……人ひとり入る箱くらいか。


それは徐々に近づき、輪郭が鮮明になっていく。

あの形……棺?


そのとき、システルのスマホがピッと小さな電子音を鳴らした。

彼女は画面を見て首をかしげ、無言で僕たちに見せる。


相変わらず項目のほとんどは空白だが、一つだけ表示があった。


系統:古代


「……古代?」


思わず口にする。古代なんて系統の魔法、あったか?


僕とニケ、そしてシステルが互いに顔を見合わせた瞬間――システルが何かを感じたようにハッとするような仕草を見せた。


「――あれをこの船に入れてはいけないわ」


鋭い声に、思わず息を呑む。


「え……?」


その時だった。展望窓の外、右側で動きがあった。


武装船の一隻がゆっくりと動き出し、棺のような物体と僕たちの船の間に割って入る。船体の表面が青白く光った。


――シールドを起動したんだ。


直後に閃光が走り、爆発した。


世界が、白く弾けた。


思わず目をつぶった。まぶしさが消えたあと、そっと目を開けると――

武装船の右舷が真っ赤な炎に包まれていた。船は火の粉を上げながら、ゆっくりと右舷側に傾き下に落ちていく。


――何が起きたんだ……?


ただ呆然と見つめる僕たちの目の前で、あの黒い棺は炎上する船の残骸をすり抜け、何事もなかったかのように僕たちの船の下方へ向かっていく。


「……あれ、どこに向かってるの!?」


システルが、叫ぶように言った。


今や何もしなくても、あれから漂う不快な気配がはっきりとわかる。あれが今いる位置、向かっている方向。そして、その先にあるもの……。

すぐに、僕は船の構造を頭の中でなぞった。


「たぶん……貨物室。貨物室の入口に向かってると思う」


その言葉を聞いた瞬間、システルは踵を返して走り出した。展望室から階下へと続く階段に向かって、なんのためらいもなく。


「何とか、食い止めるわよ!」


走りながら振り返って叫ぶ。


「アルは私についてきて! ニケはみんなに知らせてから追って!」


それを聞いた、僕たちはその背を追って駆け出した。

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