第三話
少年が母親に寄り添われながら担架で運ばれていく姿を見送り、俺は運休となった電車の運転再開を待つため改札へ向かった。背後にざわめきを感じながら通路を進むうち、気づけば俺は無意識にあの女性の姿を探していた。しかし、行き交う人々の中に彼女の影はない。すれ違う誰もが現実感のない幻のように見えてきた。
あの魔法は、本当に俺が発動させたものだったのか。
いや、それ以前に——あの子供の転落自体が現実だったのだろうか。
そんな考えを巡らせながら、いつもより、やけに長く感じる通路を抜け、改札を出ると目の前には、広々としたコンコースが広がっている。
空いているベンチを見つけ、俺は腰を下ろした。
正面の壁に取り付けられた巨大スクリーンではニュースが流れていた。どこかの魔法学校の生徒がオーガから家族連れを救ったという短い報道の後、ここ数日、繰り返し放送されているニュースに切り替わった。
別の次層世界で発生した爆発の被害が拡大し、救助隊の派遣が決定したという内容だ。避難民の受け入れも始まっているらしい。
ぼんやりとスクリーンを眺めながら、記憶を辿る。確か、最初の爆発が起きたのは、次光船の造船所がある地域だった。それが今や周辺の町々へと広がり、さらなる拡大が予測されている。
次光船——。
その単語が胸に響く。
ほんの数時間前まで俺もそれに乗っていた。
あの、流線型で細長く、鮮やかな構造色で輝く乗り物が、なぜ魔力も使わずに、異なる世界に人や物を運べるのか。その原理はいまだ解明されていない。それは、はるか昔に、滅亡したどこかの世界の失われてしまった科学技術だ。
スクリーンに映る上空からの被害の映像を見つめながら、突然、忘れようとしていた過去の暗い記憶が蘇る。そして、あの女性の顔が再び、脳裏に浮かんだ。
その時、何の前触れもなく、足元から急に体が重くなる感覚が押し寄せてきた。魔法を使った時に似た感覚。慌てて足元を見ると、磨かれた床にぼんやりと自分の顔が映っているだけだ。
すると今度は、視界が急に暗くなった。
一瞬の錯覚かと思った矢先、再び光が途切れ、そして駅内の明かりが一斉に消えた。驚きの声があちこちで上がり、人々が一斉に天井を見上げる。停電だろうか?
その時、胸ポケットのスマホが震えだした。画面には地震発生の警告。到達までの時間がカウントダウンされ、残り10秒もない。周囲の人々もスマホを手にし、不安げな表情を浮かべている。
コンコース全体に緊張感が漂う中、床がかすかに揺れ始めた。揺れは次第に激しさを増し、悲鳴が飛び交う。天井の照明が揺れ、駅全体が不安定に感じる中、突然、揺れがピタリと止んだ。
周囲の人々がほっとしたように話し始める一方で、数人の駅員が慌ただしく走り回る。その後、「運転見合わせ」のアナウンスが流れ、発車案内板には「全線不通」の文字が表示されていた。
運転再開の目処は立たないらしい。俺は、仕方なく、少し離れた地下鉄の駅に向かうことにした。
駅の出口に向かって歩き出したところで、不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには全く見覚えのない二人の男が立っていた。