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パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第二章
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第十五話

僕は教室の窓枠にちょこんと座って、外に向かって垂れた魔女の細い腕を見下ろしていた。横ではシステルが、窓から上半身を乗り出し、淡くオレンジ色に染まり始めた秋の澄んだ空をぼんやりと眺めている。


教室では、帰り支度をする生徒、部活に急ぐ者、机を囲んでおしゃべりに夢中なグループ、その何とも言えない心地よい放課後のざわめきが部屋いっぱいに広がっていた。僕たちは、校長先生との約束まで、ここで時間をつぶすことにした。


「……はあ」


窓枠にあごを乗せたまま、システルが大きなため息をついた。


魔法詠唱学のテスト。

彼女はそれなりに自信があったようだけど、どうやら結果は芳しくなかったらしい。口には出さないけれど、その態度がすべてを物語っていた。


ため息。少し黙る。また、ため息。


どう見ても、僕の予想してた以上に落ち込んでいる。そして、腕をだらりと垂らしたまま、急に僕の方へ顔を向けてきた。


「なんで、魔法って詠唱しないと発動しないのかしら。頭で『こうなって』って思うだけで、よくない?」


僕は黙って、ただ耳を傾ける。すると、それが合図だったのか、彼女は突然一人で持論を展開し始めた。


「だいたい呪文って、長すぎるのよ。必要があって使うのに、発動するまでに五分以上も唱え続けなきゃいけない魔法とか、バカみたい。今どき、そんな悠長な時間ある? ショートカットが無いとかありえないでしょ」


ちょっと語気が荒い。もはやテストの不出来に対する八つ当たりに聞こえなくもない。


「たとえば、指パッチン一回でファイヤーボール、二回でメテオとか、そういうのがあってもいいと思わない?」


システルはそう言いながら、急に、左腕を上げて見せた。


「せめてこれで魔晶石が使えたらなぁ……」


彼女の手首には、銀色に鈍く光るブレスレットが巻かれていた。魔法科学の粋を集めた──遅延発動装置。昼休みに彼女の指先を光らせたのは、このブレスレットだ。

事前に詠唱しておいた魔法を最大100個まで記録し、「使いたい」と念じるだけで瞬時に発動できる。ただし、魔晶石と併用できなかったり、登録できる魔法のランクにも制限があったりして、魔法の効果はだいぶ抑えられる。


それでも──詠唱が不要で瞬時に発動できる。それだけで、この装置の価値は計り知れない。

しかも100個も登録できるのは、この装置としては最上位モデルだ。システルのような年齢の者が持つ代物じゃない。それを、彼女には大甘なパパが、魔法学校の入学のお祝いにとプレゼントしたのだ。ママはかなり渋い顔をしていたけど、パパはあっけらかんと笑ってこう言った。


『システルは将来、魔法使いを目指してるんだろ? だったら、この年頃の子が欲しがる洋服や化粧品に比べれば、だいぶマシだよ。それにさ、いい道具は人を育てるって言うし』


──いや、たぶんそれは違う。いい道具は、人を怠けさせる、だ。


彼女はもう一度ため息をついてから、僕の方にぐっと顔を近づけてきた。


「ね、そう思わない?」


どうやら同意を求めているらしい。でも僕は、そんな様子を見ながら考えていた。彼女がさっきから言ってることって──つまり、要するに"楽したい"ってことだ。なんだかんだ言って長い呪文を覚えたくない。それだけ。


……やっぱり、この人、将来ダメな魔女になる。


──たぶんだけど。


そろそろ、慰めの言葉でも考えるかな、そう思っていたとき、背後から声が飛んできた。


「システル!」


振り返ると、スカーレット・アシュフォードがラケットを背負って立っていた。同じクラスの子で、部活はラクロスをやっている。1年でレギュラー入りをしたという実力者で、男勝りの性格。クラスのまとめ役みたいな存在だ。父親は、人を襲った魔物を追跡し、退治することを専門とする冒険者と聞いたことがある。


彼女は、いつものように僕の喉を撫でながら、まっすぐシステルを見て尋ねた。


「リュシーは?」


一瞬、システルが戸惑った表情を浮かべる。


「……まだ、風邪で寝込んでるそうよ」


リュシーも同じクラス。システルのすぐ近くの席で、ここ数日、学校を休んでいた。そのやりとりを聞いていたのか、教室の向こうからアデルが駆け寄ってくる。


「ほ、本当、ひどい風邪でね……。何日も熱が下がらないの……」


アデルは寄宿舎でリュシーと同室だ。


スカーレットは、一瞬だけ顔をしかめた。気まずそうに視線を落とすと、ややうつむきながら言った。


「そ、そう。大事にするように伝えておいて」


そう言い残して、少し急ぎ足で教室を出ていく。


──なんなんだ、この変なやり取りは。


妙な違和感を拭いきれずにいたそのとき、近くでメッセージの着信音が鳴った。すぐにシステルが制服のポケットからスマホを取り出し、画面を一瞥すると、無言で立ち上がり、教室を出ようとする。


──なんか、おかしい。


なぜスカーレットは、リュシーのことをわざわざシステルに訊いたんだ? 様子を知りたかったらアデルに聞いた方が早いだろ。というか、システルとリュシーって、そんなに仲が良かったっけ?


……よし、誰かの心を読んでやろう。


僕は、近くにいたアデルに意識を集中させる。


探知魔法で思考を読み取ろうとした、その瞬間──強烈な視線を感じて、思わず振り向いた。教室のドアの向こう。帰り支度を終えた学級委員長が、カバンを手にしたまま、こちらをじっと睨みつけていた。あの様子だと、僕たちが校長先生との約束を忘れていないか、見張っていたのだろう。


僕は心の中で「ちゃんと覚えてますよ」と返す。そして、委員長には見えないようにそっとベーっと舌を出した。


* * * 


その数分後、僕たちは職員棟にある会議室へと向かった。そこで校長先生から告げられたのは──僕が全く予想もしていなかったことだった。

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