第十四話
教室の中から授業が始まる声が漏れ聞こえてきて、僕は廊下の端にある、階段横の小さなスペースへと足を向けた。そこにぽつんと置かれたベンチに、ひょいと飛び乗る。
締め出され組で、この場所を使っているのは僕だけみたいだ。
ここから見える廊下の先では、教室の扉越しに、教師の声が響いていた。
ベンチに座って、天井を仰ぐ。
ぼんやりと、テストが終わった後のシステルに、なんて声をかけようかと考えた。
……まあ、結果はだいたい予想がつく。
今日が奇跡的に「ラッキーデイ」で、彼女が使いたいって言ってた魔法ばかり出題されたとしても、できて六、七割。
いや、現実はそんなに甘くない。たぶん、もっと低い。
小テストに追試があるかどうかは知らないけど、あったとして――う~ん、テストの出来は……そのライン、ギリギリってとこかな。
となると、慰めの言葉は「まだ望みはある」みたいなニュアンスが無難か。
「運が悪かったね」なんて言葉は絶対にNGだ。そんなこと言ったら、彼女の性格からしてそれを口実にまた勉強しなくなってしまう。
そんなことを考えていたら、なんだか急に面倒くさくなってきてやめた。
……まあいいや。彼女の顔を見てから、そのとき適当に考えればいい。どうせ、ちょっと落ち込んでるくらいだろうし。
そして、僕は小さくため息をついた。……今日、何回目だろう。
こうして学校に来て、毎日同じようなやりとりを繰り返して。
気づけばまた、こんなふうに、ぼんやり天井を見ている。
――これ、もう一年近く続いてるんだよな。
……なんで、あんなのがこの学校に入学できたんだろう?
かなりの科目が落第寸前だし、部活とか何かに打ち込んでるってわけでもない。なんか、毎日だらだら〜っと学生生活を過ごしてる。
やっぱり、ニケが言ってたみたいに、何かコネでもあるんじゃないのか。
……ん? そういえばニケはどこ行った? さっきから見かけてないけど。
僕たちのチームは、システルとニケが女で、男は僕ひとり。
だから、いつだって分が悪い。何か言っても、ほとんどの場合、彼女たちで勝手に話がまとまって、そのまま物事が進んでいく。僕は、あとを追いかけるだけ。意見を聞かれることはほとんどない。
しかも、彼女たちは普段は仲よさそうにしているくせに、ニケなんてシステルがいないときになると、いろいろ言ってくる。
「一緒にいると疲れる」とか「気が収まるときがない」とか、しまいには「システルはコネで入学した」
そして、最近、言い出したのが、
「あれは魔女というよりは雪女ね」
……雪女って、なんだよ、それ。
ほんと、女ってよくわからない。
僕のイメージでは気が強いって共通点くらいしか思いつかないんだけど、それだけで雪女扱いってどうなんだよ。
……いや、もしかして魔女と雪女って似てるのか? いや、やっぱり違うと思う。
どうもさっきから頭の中がざわざわして、落ち着かない。
きっと、校長先生の呼び出しが気になってるせいだ。あと、あのオーガの件も。
オーガのことは、あれ以来まったく音沙汰がない。
事件としてはそこそこ大きく取り上げられたけど、続報は何もなし。
何も進んでいないのか、それとも公表できない事情でもあるのか――
そんなことを考えていたとき、ふわりと甘くて上品な香水の香りが鼻をかすめた。
その直後、ニケが当然のようにベンチの上にひょいと飛び乗ってきた。
……トイレにでも行ってたのかな?
僕はその香りを感じながら、思い返す。
あのオーガの時、システルはちゃっかり、ドローンに一部始終を撮影させていた。
で、後日――まじょまじょ魔法講座で、その映像をばっちり配信した。
だいぶ、事実と異なる内容だったけど。
映像では、システルがあの家族連れをかばいながら、オーガの攻撃を軽やかにかわし、彼らを逃がした後に隙を突いて魔法で華麗に撃破――という展開になっていた。
僕たちというと……映像の端っこで、オーガに怯えて逃げまどうモブのような存在として処理されていた。いやいや、これ誰視点の再現なんだよ。
「なんだ、これ……?」
僕は思わず呟いた。ニケのやつ、よくこんなの了承したな。
そして、気付いた。最近、ニケが横を通るといい香りがしてた。そして、いつの間にか新しいマジックバックまで背負ってる。
……なんだ、買収されたのか。
でも、問題はそこでなかった。
映像を見ていた僕は、ある“影”に気づいた。ほんの一瞬――本当に一瞬だけど、複数の影が映り込んでいた。断定はできないが、それは……人の形に見えた。
気になって、ニケに聞いてみた。けれど、彼女は「気づかなかった」と首を振るだけ。
もしかして、AI生成の過程で生じたゴーストか? そう考えて、元の未加工の映像を探して再生してみた。でも、やっぱり映っていた。
家族連れのすぐ横に、一瞬だけ。
システルにも確認してみたが、もう興味をなくしていたのか、ちらっと見て「ふーん」とだけ言って、そのままどこかへ行ってしまった。
――でも、あのとき彼女が言っていた「子供たちを見た」っていう言葉は、本当だったのかもしれない。
僕の中に、あのときの奇妙な感覚がよみがえる。空気が歪んだような、時間の流れが少しだけズレていたような、あの場所だけが切り取られたような……。
やはり、今日の校長先生の呼び出しって、この件に関係してるんじゃないか?
子供たちのこと、そして、なぜオーガがたった一体だけ、あんな場所に現れたのか。
何か、わかるかもしれない。
僕は、そっと期待を抱いた。
隣で毛づくろいをしているニケに聞いてみる。
「校長先生の呼び出しって、この前のオーガのことだと思うかい?」
ニケは手を止め、少しだけ首を傾ける。
「さあ、どうかしらね」
それだけ。いつもの謎めいた思わせぶりな言い方。
僕は内心で「またか」と思いながら、それ以上は何も言わなかった。
それにしても……と、僕は思う。
システルのスマホのアプリにしろ、魔力を使ったAI生成にしろ、魔法科学の進歩は本当にすごい。
そのうち、使い魔だって――生きた猫じゃなくても良くなるんじゃないのか。
ふと、コンセントにつながれて、じっと充電が終わるのを待つ自分の姿を想像する。
……ふっ。
僕は、思わず、ひとりで笑ってしまった。




