第十二話
その様子からして、どこからか急いで戻ってきたのだろう。
黒縁の眼鏡に、きっちり編み込まれた三つ編み。制服の襟元も、ぴしりと整えられていて——まさに「学級委員長」を体現したような姿。
彼女は、システルのことを未だに「システィール」と呼ぶ数少ない同級生のひとりで、学業優秀、品行方正。成績は常に学年一位か二位を争い、まるで“生真面目”をそのまま人の形にしたような人物だ。
——僕のご主人様とは、まったくの正反対。
川の向こうにある研究所の所長の娘らしいけれど、いつもひとりでいることが多く、僕はほとんど話したことがない。
そんな彼女が、いかにも「ちょうどよかった」と言いたげな顔で、システルに声をかけた。
「校長先生が、システィールさんに放課後、会議室へ来てほしいそうです」
その言葉を聞いて、僕は思わずシステルの顔を見上げた。
彼女の表情には、なんとも言えない、不思議な気配が漂っていた。
伝え終わると委員長はくるりと背を向け、ドアに手をかけながら、ふと振り返る。
「忘れないでくださいね」
ぴしゃりと念を押し、教室の中へと姿を消した。
「……なんか、やったの?」
僕が尋ねると、システルはむっとした顔で言った。
「何もしてないわよ」
「ほんとに?」
少し間を置いて、彼女はぽつりと呟く。
「……たぶん」
「ふーん」
僕はそれだけ言って、黙り込んだ。
——校長先生が、システルを会議室に? 一体何の用だ?
校長先生がわざわざ呼び出すというのなら、それなりに重要な話に違いない。でも、もしシステルがそんな大ごとをしでかしていたのなら、いつも一緒にいる僕やニケが気づかないはずがない。
横目でニケを見る。彼女も不思議そうに首をかしげている。
——となると、思い当たるのはひとつだけ。
* * *
二週間ほど前、僕たちは学校のボランティア活動で、畑を荒らすスライムの駆除に行った。
学校では、社会奉仕活動に力を入れていて、ボランティアに参加すると単位がもらえる仕組みがある。
システルが参加した理由は、それだった。
第37層世界。僕たちの世界とよく似ているけれど、魔性生物が滅多に出ないせいで、魔法の発展がほとんどなかった世界。
ところが、近ごろになって急に魔性生物が現れるようになり、様々な被害が出始めている。どうやら、今、そういう世界が増えてきているらしい。
農薬は効かず、電気柵も通用しない。
僕たちの世界のように魔法が発達しているところには、駆除する魔法薬や、ドレイン線と呼ばれる魔力を帯びた柵があるのだけれど——急に注文が相次いで、生産が追いつかないという。
だから、僕たちのように魔法が使える人間が、人海戦術で一匹ずつ駆除していくしかなかった。
作業自体は単純だ。僕がスライムを見つけて、システルが魔法で倒す。それだけ。スライム相手なら強力な魔法も必要ない。
地味だけれど、簡単な作業だった。
人手が多かったこともあり、駆除は午前中で終わった。ほとんどの生徒はすぐに帰ってしまったけれど、天気も景色も良かったので、僕たちは少し寄り道していくことにした。
近くの歴史自然公園。川沿いにはサイクリングロードがあり、山にはハイキングコースがある。
僕たちはそのあたりを、のんびりと歩いていた。
「近くに温泉があるらしいよ?」
システルが、冗談っぽく言った。
「入ってく?」
そんな軽口を交わしていた、そのときだった。
——ある感覚が、伝わってきた。
学校の授業で見た標本から受けた、あの独特の気配。
実際に動いている姿は、映像でしか見たことがない。でも、間違いない。
僕はすぐにシステルに伝えた。彼女は最初、信じられないという顔をしていたけれど、僕の真剣さを見て、すぐに察したようだった。
僕たちはハイキングコースを外れ、草をかき分けて林の奥へと進んだ。
身を低くして、音を立てず、気配を消しながら。
やがて視界が開ける。そこで目にしたのは——
信じられない光景だった。
巨大な生き物が、今にも人間の家族を襲おうとしていた。
父親らしき男性が木の棒を手に、必死に立ちはだかっている。母親が小さな子どもを抱え、後ずさるのが見えた。
助けを呼ぶ時間はない。
幸い、あのオーガはこちらに気づいていない。仲間の気配もない。
すぐに判断した。
「システルは魔法の準備を。僕とニケであいつの注意を引いて、あの家族から引き離す」
彼女は頷き、鞄から魔晶石を取り出すと、それを空中に浮かべて詠唱を始めた。
僕とニケは林から飛び出て、オーガの前を駆け回る。
ニケの防御魔法がある。二、三発くらいなら、問題ない。
オーガの巨大な腕がうなりを立てて振るわれる。地面が震え、風圧で僕の髭が揺れた。
そして——
澄んだ声が、辺りに響いた。
——来た!
僕とニケはいっせいに跳び退いた。
直後、六つの炎の塊が林から現れ、回転しながら一直線にオーガめがけて突っ込んでいく。
次々と着弾し、ものすごい爆炎と衝撃が辺りを包んだ。
一瞬でオーガの巨体が炎に包まれ、のたうち回る。耳をつんざくような叫び。
やがて、それも静まり——オーガは動かなくなった。
「……ふう」
僕は肩で息をしながら、家族のほうを見た。三人とも、地面にへたりこんで呆然としている。
気づくと、システルが林から出てきて、燃え尽きたオーガをじっと見つめていた。




