第十一話
教室のすぐ近くまで来たところで、僕は思い切って切り出した。どう答えるかは、なんとなく予想がついていたけれど。
「次の授業の、魔法詠唱学。小テストだけど……大丈夫かい?」
システルは足を止め、一拍置いてから答える。
「も、もちろん。大丈夫よ」
予想通りの答え。彼女の「大丈夫」は、いつだって自分が使ってみたい魔法だけだ。僕は心の中でため息をついた。
……まあ、テストのことを忘れてなかった分だけマシか。
少し気を取り直して、彼女に言ってみる。
「使いたくない魔法でも、覚えておかないとダメだよ」
すると、システルはぴたりと立ち止まり、僕を見下ろして言った。
「なんで? 使わないのに、覚える必要あるの?」
そのあまりに潔い言い分に、僕とニケは思わず顔を見合わせた。
「今は使わなくても、いつか必要になるかもしれないよ」と返すと、彼女は即座に言い返してくる。
「だったら、必要になったときにスマホで調べればいいじゃない」
……なるほど、それはそうなんだけど。
言葉が詰まった僕の前で、システルがポケットからスマホを取り出し、素早く画面を操作する。そして、こちらに突き出してきた。何かのアプリが立ち上がっている。
「このアプリ、結構便利なのよ」
画面が切り替わり、魔法の一覧が表示された。
「『こんなことがしたい』って言うと、それに近い魔法を候補にして出してくれるの」
さらにシステルは一覧のひとつをタップした。すると、スマホから聞き覚えのある渋い声が詠唱を始めた。続けて、今度は優しい女性の声で別の詠唱が始まる。
「ほら、好きな声優に詠唱してもらえるの。私の代わりにね」
どうやらこのアプリ、自分の希望に合った魔法を選ぶと、好みの声優の音声で詠唱してくれるらしい。
――推しの声優、入ってないかな。
僕は思わず画面に見入っていた。隣のニケも、興味津々といった顔でじっと覗き込んでいる。
それに気づいたシステルは、得意げな笑みを浮かべた。
「もっとすごいのよ。最近のアップデートでね……」
そう言いながら、システルの左手首が一瞬だけ光る。次の瞬間、右手の人差し指の先端が淡く発光した。
――初歩魔法の「ライト」だ。
それをスマホのカメラに映すと、画面がピッと反応し、詳細な情報が表示された。
魔法名: ライト
系統: 精霊界光属性
効果時間: 1分
発動者: 魔女
発動タイプ: 無詠唱
発動媒体: 遅延発動装置
消費魔力: 3
「ね? 発動中の魔法を映すだけで、ここまで教えてくれるのよ」
どや顔でこちらを見てくる彼女に、僕は内心うなる。
……便利すぎじゃないか、これ。
自分のスマホにも入れたくなる気持ちを必死に抑えながら、ちょっと意地になって問い返した。
「でも、電波が届かなかったら? 充電が切れたら、どうするの?」
その瞬間、彼女の顔にあからさまな不機嫌の色が浮かんだ。まるで、夢中になっていた遊びをいきなり止められた子どものような顔。
「このアプリ、オフラインでも動くわよ。それに、私、モバイルバッテリー三個持ち歩いてるし」
……抜かりないな。
僕がさらに何か言おうとした瞬間、彼女が間髪入れず言葉を重ねてきた。
「っていうか、最近やたら私のスマホに突っかかってくるけど――あんたたちだって使ってるじゃない」
急に矛先がこっちに向いてきた。僕が黙ったところで、システルは間を置かずに畳みかけてくる。
「特に、アル。あんた、この前、私のクラスの子たちともっと通話とか動画送り合いたいからって、ママに上のプランに変えられないか相談してたの、私、知っているのよ」
……言い返せない。
彼女の表情に、「効いた」と書いてある。さっきの勝負の仕返しか、止めを刺すように続けてくる。
「どんな通話してんだか。この前だって、誰に付けてもらったのか知らないけど、首にリボンなんかつけちゃってさ」
……うわ、それ、見られてたのか。
「ま、別に私は、女の子と仲良くするのは構わないと思ってるけど」
と言いながら、何か思い出したように口調を変えた。
「でも、言っておきますけどね。うちのチームは、恋愛禁止なんですからね」
そして、一拍置いてから、念を押してくる。
「……わかってる?」
――えっ、そうだったの? そんなルール、いつ決まったんだ?
ん? ていうか……なんの話してたっけ?
「システィールさん」
そのとき、背後から呼ぶ声がした。振り返ると、軽く息を切らせた学級委員長が立っていた。




