表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パスファインダー  作者: イガゴヨウ
第一章 プロローグ
2/45

第二話

「子供がホームから落ちた!」


鋭い叫び声が空気を切り裂いた。


反射的に声の方を向くと、数人の大人がホームの端に立ち尽くし、母親らしき女性が泣き叫びながら線路へ駆け出そうとするのを、周囲の人々が必死に押し留めていた。


電車の先頭車両はすでにホーム中央に差し掛かっている。人の転落を検知した自動運行システムが急ブレーキをかけ、金属が軋むような音がホーム中に響き渡る。しかし、その巨大な鉄の塊は、容易には止まらない。


「間に合わない——」


その瞬間、俺の右手は無意識にポケットへ動いていた。指先に触れる冷たい硬さ。それを握り締めると、滑らかな表面に汗がにじむ。一瞬の躊躇——それを振り払い、俺は一つの魔法を発動させた。手の中でそれが砕ける感触とともに、身体が重くなるような感覚が押し寄せ、周囲の時間が止まった。


魔法を使う者だけが目にする、空虚な世界。風も、人の声も、電車の軋む音さえも消え去り、静寂が支配する中で、一つだけ異質な存在を見つけ、俺は目を見張った。


背を向けて立ち身動き一つしない人々の中、一人の女性が不意にこちらを振り向く。その顔を見た瞬間、胸が大きく跳ねた。見覚えのある、懐かしい顔——。


息を呑む俺に向かって、彼女が何かを言いかけた。しかしその瞬間、再び時計の針が動き出し、魔法が発動する。まばゆい光が視界を埋め尽くし、思わず目を閉じる。そして、目を開けた時には、彼女の姿はどこにもなかった。


混乱する間もなく、電車の前方に光の球体が現れた。それは眩い輝きを放ちながら膨張し、蜘蛛の巣のような網状の光を形作る。ホームとホームの間を繋ぐその網が迫る電車を絡め取ろうとするが、魔物の足止めを想定して作られたこの魔法は、鉄の塊にはあまりに非力だった。


光の網は徐々に押し込まれ、純白の輝きが揺らぎながら赤く変わり始め、限界が近づく。俺はさっきの光景を必死に頭の隅に押しやり、魔法に意識を集中させる。右手の指輪から光が溢れ、ポケット越しでもその輝きがはっきり見えた。


減速しつつも子供に迫る電車。緊張が張り詰めたホームに小さな悲鳴が漏れる中、俺は息を吸い込み、さらに強く念じた。網が一瞬だけ白く輝き、わずかに電車を引き戻したように見えた。そして、最後に一度だけ大きな金属音を轟かせ、電車はついに停止した。同時に魔法の網は赤い閃光を放ち、粉々に砕け散って消滅した。


ホーム全体が安堵の吐息に包まれる。誰かが俺の肩を軽く叩き、笑顔を向けてきた。それに軽くうなずきつつ、俺の視線は彼女を探して宙を彷徨う。さっきの光景が、壊れたフィルムのように何度も頭の中で再生される。


あれは、幻だったのか?


今まで、魔法の発動中に人はおろか、物すら動いたのを見たことがない。しかも、彼女は——。


突然、現実に引き戻される。線路に降りようとする母親を、周囲の人々が懸命に押し留めていた。駅員が慌ただしく電話をかけ、誰かが線路に降りて子供の状態を確認しているらしい。


「医者かヒーラーはいないか!」という声が上がる。


電車が止まっている位置からして、子供が轢かれた可能性は低い。だが、落下の際に大怪我をしているかもしれない。不安げに顔を見合わせる群衆の中、何人かが俺をちらりと見た。だが、俺が治せるのは軽い怪我程度だ。


その時、一人の女性がためらいがちに手を挙げた。

「私、ドルイドです。もしかしたらお役に立てるかもしれません」


その言葉に群衆が道を開け、彼女は誰かの手を借りながら慎重に線路へと降りていった。


やがて、緑色の光が数度瞬き、薄暗くなったホームを柔らかく照らす。そして光が消えた直後、子供の泣き声が響き渡った。


その瞬間、ホーム全体が歓声と拍手に包まれる。


俺はその光景をただ見守った。胸の奥に鈍く重い響きを感じ、それを振り払おうとしても、あの瞬間の記憶だけは消える気配はなかった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ