第十話
ようやくシステルが、ふらふらと僕たちのそばまでたどり着いた。
肩を揺らし、膝に手をついて、今にも崩れそうな前かがみの姿勢で、肩を上下させている。
「……次からは……はあ……あなたたちも……二本足で走りなさい……」
ゼエゼエ言いながら、それだけはどうしても言いたかったらしい。
僕は、またか、と思う。
僕たちは四本足で歩く猫だ。そんなの無理だって知ってるくせに。
競争して負けると、毎回似たようなことを言う。負け惜しみも、ここまで来ると様式美だ。
適当に文句を聞き流していると、ふいに思い出した。
――そういえば、午後の最初の授業って、魔法詠唱学の筆記テストじゃなかったか?
ああ、と僕は内心でつぶやく。
システルにとっては、一難去ってまた一難ってところだろう。
それを思い出しただけで、ちょっとだけ、彼女に同情したくなった。
魔法詠唱学。それは、彼女が最も興味を持って、この学校に入った理由のひとつだったはずだ。
にもかかわらず、成績はぱっとしない。なぜなら、自分が使いたいと思う魔法しか覚えないからだ。
座学も得意の実技も、興味の有無で極端にムラがある。
何度か「興味のない魔法も覚えたほうがいいよ」と言ったけど、まるで聞きゃしない。聞く耳なんて、最初から持ってない。
そうやって呆れていた時、不意にまた、転移門のほうで閃光が走った。
ちらりと視線を向けて、すぐに戻す。
システルは呼吸が少し落ち着いてきたのか、上体を起こし、上を向いて深呼吸を繰り返していた。
――まるで、金魚が水面近くで空気を求めて、ぱくぱくしているみたいに。
なんともみっともない姿だ。とても“うら若き乙女”がやるようなものじゃない。
僕は思った。この姿、彼女の動画チャンネルの視聴者が見たら、どう思うだろうか。
「まじょまじょ魔法講座」――確かそんな名前の動画を、彼女は投稿している。
目的は、お小遣い稼ぎ。毎朝の魔晶石を、その広告収入で賄っているらしい。
伊達メガネをかけ優等生っぽく装い、僕たちの前では決して見せないような笑顔で、聞いたこともない丁寧な言葉を使い魔法の解説をする。
中身はまあ、正直大したことはない。けど、若い魔女がやっているというだけで、登録者はそれなりにいる。
僕は関わっていないが、ニケは撮影から編集、加工まで全部やっている。いや、やらされている。
一回の配信にかける彼女たちの労力は、相当なものだ。
――そんな苦労するくらいなら、朝ちょっと早起きすればいいのに。
今まで何日、魔法を使わずに登校した?
かかりつけ医の先生の許可が出て、ようやく登校できたあの日だけか。
ああ、そうだ、思い出した。長い休み明け、新学期の最初の日。
「私、今日からは心を入れ替えるわ!」なんて宣言して、その日だけはポータルを使って登校してた。
でも翌日からは、もう魔法。
以降は毎日が「緊急事態」
思い返すと、さっき石段で感じたあの心地よさが、すーっと引いていった。
代わりに、じわじわと腹の底から、イライラが湧いてくる。
そこへ、また転移門が光った。
少し間を置いて、さらにもう一度。
イラついていた僕は、「うるさいな」とでも言いたげに、そちらをにらんだ。
――ん?
……あれ?
昼休みに、こんなに転移門って使われていただろうか?
今日、何かあったっけ……?
気づけば、学校全体が少しざわついているような、そんな気がする。
また、閃光。
僕は神経を研ぎ澄まし、魔法探知の感度を高めた。
すぐに、普段、感じない反応が伝わってきた。それに、焦点を集中する。
……人だ。数人が転移してきた。魔力を帯びているのは二、三……いや、もう少しいるかも。
ほかにも、魔力は微弱だが同じく“人”の気配が数名。全員、大人だ。
危険な気配は、感じられない。
生徒の家族だろうか。でも、ちょっと人数が多い気がする。面会にしては、妙だ。
僕は少し気になった。でも、午後の授業が始まる時間が近い。
まだ少しゼーハーしているシステルに目配せしながら、僕は立ち上がった。
そして、校舎の中へとゆっくりと歩き出した。




