第七話
「システル」
「……システル!」
「起きなよ」
(むにゃむにゃ……)
「そろそろ起きないと、午後の授業に遅れるよ」
(むにゃ……にゃ……)
何度呼びかけても、テーブルに突っ伏したまま微動だにしない彼女に、僕はついに痺れを切らした。
彼女の耳元に口を近づけて、大きく息を吸い込み――
「起きろ! 起きろ! 起きろーッ!!」
ばっ! と顔を上げた彼女が、むくりと上体を起こし、半開きの目でこちらをじーっとにらんできた。
無言でしばらく凝視。そのあと、顔を近づけては離し、また近づけて……なんだ? 僕の顔を確認しているのか?
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……なんで、あんた、ここにいるの?」
その言葉に、僕の目は点になった。
* * *
僕の名前はアル。猫だ。そして、魔女の使い魔でもある。
そして、いま寝ぼけて変なことを口走ったあと、すぐにスマホを触り始めているのが、魔女のシステル。僕のご主人様だ。
彼女は魔法学校中等科の2年生。つい先日、14歳になったばかりだ。
本当の名前は“システィール”というのだけど、本人曰く「ぜんっぜん可愛くない」そうで、今では誰もが彼女のことをシステルと呼ぶことになっている。
たぶん、パパとママは「みんなと姉妹のように支え合っていける子になりますように」って願いを込めて、システィールって名前をつけたんだと思うんだけど、当の本人は「私だったら、娘にこんな名前つけない」なんて、二人が悲しむことを平気で言っている。
ちなみに、僕からすれば「システル」もたいして可愛いとは思えないんだけど、本人はわりと気に入っているみたいだ。
きっと彼女の頭の中は、“なんでも短くすれば可愛くなる”で動いているんだろう。
そんな僕たちがいるのは学校の裏手にある小さな丘の上。ぽつんと建つ東屋の中。
かつてはこの丘で魔法薬用の植物が栽培されていたらしいけど、今は旧校舎のそばに最新設備を備えた植物園のような施設ができ、そっちに移ってからはすっかり廃れてしまった場所だ。
周囲はほとんど手入れもされておらず、崩れかけた棚や道具があちこちに転がっている。
ただ、この東屋だけは、誰かがこっそり手入れしているようで、ちゃんと使える状態が保たれていた。
うちのご主人様、つまりシステルは、昼食後にここで休む――いや、昼寝をするのが日課だ。
「……ふわぁ……」
大きなあくびをしたシステルにつられて、僕も思わず口を開きそうになった。が、ぐっとこらえる。
さっき少し寝たとはいえ、まだ眠い。……それもこれも、ぜんぶ、この若き魔女のせいだ。
――昨夜は、ほんっとうに地獄だった。
今日提出の課題を、彼女はまったく手をつけていなかった。
数日前の休日、ゲームに夢中な彼女に僕は聞いた。
「……あの課題、やった?」
すると彼女は、画面から目も離さず、コントローラーを握ったままこう言った。
「やった」
……あれは、嘘だった。
昨夜、寝ようとしたその時になって、突然騒ぎ始めた。
「課題やってない!!!」
そこからが、まさに地獄の始まりだった。
僕が答えだけ教えてしまえば早く終わってしまうのだが、それでは彼女のためにならないと思って、泣き言をこぼす情けないご主人様に根気よく教え続けた。
そして、すべてが終わったのは、東の空がうっすらと白み始めるころだった。
* * *
相変わらず彼女は、スマホをいじっている。
あの半分寝ぼけた顔で、画面に映っているものを理解してるとは思えない。たぶん、表示されている時刻にも気づいていない。
僕は、いつ“それ”に気づくか、ただじっと彼女を見つめた。
……これ、もう本能だろ。スマホをいじっていないと死んじゃうとかじゃないのか。
それにしても、いつからこうなっちゃったんだろう。
昔はもっとマシだった。宿題もちゃんとやってたし、夜更かしなんかせず、早く寝て、朝も自分で起きてた。嘘も、そんなに多くつかなかった気がする。
……ああ、あの頃のシステルは、本当に、可愛かったなあ。
そんな昔を思い出して物思いにふけった僕は、ふと彼女に目を向けた。そして、あの頃とのあまりの落差に、思わずため息がこぼれた。
彼女は今、中等科の2年。けど、3年に上がるには……単位が、かなり足りていない。
理由は単純明快。1年の時に取るべき単位の、なんと半分近くを落としているからだ。
システルの学校は、魔法界でもそこそこ名が知れた名門ということもあって厳しい。
2年から3年に上がるとき、単位が足りないと進級ができない。留年という制度もないため、即、放校となり、転校先を探さなければならない。
もちろん、システルにも情状酌量の余地はある。
実は、彼女は健康上の理由で、半年近く入学が遅れてしまっているのだ。
そしてたぶん、その原因は使い魔の僕たちにある。
とはいえ、今は人一倍がんばらないといけないのに、昨夜のような騒ぎである。
課題に追われて夜を明かし、今こうして、スマホいじって寝ぼけてる。
――と、そこへ。
「げっ」という声が聞こえてきた。
ようやくスマホの画面に表示された時刻に気づいたみたいだ。
彼女は勢いよく椅子から立ち上がり、手の甲で口元をごしごし拭う。
……あっ、よだれだ。汚いなあ。
それから、制服のポケットに手を入れ、杖があることを確かめると、バタバタと東屋の出口へ歩き出した。
すぐに僕もテーブルの上からひと跳びで外へ出て、道に着地すると、そのまま早足で校舎を目指した。




