第四話
考え込む私に、ママは言った。
「アルは自分の意思で行ったのよ。きっと、いい貰い手が見つかるわ」
その言葉に、私は何も答えない。アルはもう十一歳。普通の猫なら老猫と呼ばれる年齢だ。そんな簡単に、いい貰い手が見つかるわけがない。
もし見つからなかったら?
戻ってきたとき、彼はどんな姿になっているのだろう。私はそれを見るのがとても怖い。たとえ見つかったとしても——。
私から離れたら、アルは普通の猫に戻ってしまう。そうなったら、長くは生きられない。誰が、「僕だけみんなよりずっと早く死ぬよ」と進んで行くものか。
かつて魔女がたくさんいた頃は、引退した魔女たちが選ばれなかった猫たちを引き取る団体がたくさんあった。魔女と共にいれば、使い魔の力を失っても長く生きられた。けれど、魔女が減った今、そんな団体はほとんど残っていない。
本を読むアルの後ろ姿が思い浮かぶ。アルは本が好きだ。パパの書斎で、いろいろな世界のアンティークを紹介した本をよく読んでいた。あの姿がもう見れなくなる。
その時、気づいた。そうだ。本を読むのに疲れると、アルは決まって窓際のクッションの上で寝ていた。あれなら……。
私はママの横を駆け抜け、リビングを飛び出す。一気に階段を駆け上がり、パパの書斎のドアを祈るような気持ちで開けた。
——あった。窓際に。
私はそれを掴むと、すぐに自分の部屋へ駆け込む。
杖を——。ポケットを探るが、ない。ハッとして机を見ると、そこに転がっていた。
——忘れていったんだ。私、魔法使い失格だ。
杖を手に取ると、私の魔力に反応し、先端が淡く光った。その光を見つめながら、杖の先をクッションに押し当て、短い呪文を唱える。
——何の反応もない。もう一度。それでも、何も起こらない。
焦りが胸を締め付ける。手のひらに汗が滲む。急がないと——。
アルは私と仮契約の状態。だから、私から長く離れていると普通の猫に戻ってしまう。そうなれば、今までの記憶がすべて失われる。もう一度契約し直したとしても、記憶は戻らない。アルは——アルじゃなくなる。
「はやく!」
何度も何度も呪文を繰り返す。
——もし、私がもっと優秀な魔法使いだったら。
——いや、ちゃんとした魔女だったら……。
こんなこと、すぐにできるのに。
何度やっても、何の反応もない。唇を噛みしめ、別の方法を考えようとした、その瞬間——。
杖の先端の光が、わずかに変化する。そして、その輝きは、次第に強くなっていった。




