第二話
私は瞬時に悟った。
あっ、叱られる。
そう思った途端、さっきまでの陽気な気分は一瞬で消し飛んだ。
――何をやらかした?
必死に記憶を遡る。帰ってきたときに「ただいま」って言ったっけ?
玄関で靴を放り脱いだのが悪かった? それとも服に飛び散った泥?
いや、もしかして……昨日の、あれがばれたか?
次々と心当たりが浮かんでくる。もう、多すぎて、整理がつかない。
諦めて、何かわからないけど、叱られる覚悟を決めた。
――けれど、いつまでたってもママの口からは何も出てこない。
ただ、無言のまま私を見ている。
……おかしい。
そうだ、ママが私を叱るときはこんな表情はしない。
いつもなら眉をひそめるか、ものすごい怖い目で私を睨んでくる。
でも、今のママは違う。滅多に見せない表情をしている。
嫌な予感が背筋を駆け上がってきた。
まさか、ママの病気が――?
先生に「あと数年は注意しなさい」と言われていた、あの病気。
急に心臓が早鐘のように鳴り出した。
息が詰まりそうになり、慌てて深呼吸を繰り返す。
走ってきたせいで乱れていた呼吸を、急いで整える。
そして大きく息を吸い込むと意識を瞳の奥に集中させた。
そして、食い入るようにママを見つめた――上から下まで、何度も、何度も。
……でも、あの気配は、どこにもなかった。
あの、じわりと滲み出すような気持ち悪い何かは、もうどこにもない。
きっと、あれは去っていったんだ。たぶん、もう二度と戻ってはこない。
ほっと胸をなでおろした。
とたんに肩の力が抜けて、張りつめていた緊張が一気にゆるむ。
けれど。
なんだろう、この感覚。このリビングに漂う異様な空気。
そして、説明のつかないこの胸のざわつき。
やっぱり、何かおかしい。
相変わらず、ママは無言のまま。
まるで、私が何か言い出すのを待っているかのようだ。
私は、リビングを見渡した。
……いつもと変わらない光景。
ふと、ソファーの上で丸くなっていた私の使い魔の猫が、こちらを見ているのに気づいた。
視線を向けると、ぱっと目をそらし、顔を前足にうずめた。
食器棚の上からは、ママの猫のキャロがじっと私を見下ろしている。
私は考える。
ここにいるのは、ママと使い魔の猫が二匹、そして、私……。
急に、奥底から不安が沸き上がってくるのを感じた。
すぐに心の範囲を目いっぱい広げ、その上に、一滴、私の気持ちを落とした。
波紋が広がるのを感じながら、待つ。
……何の反応もない。もう一度。
……やっぱり、ない。
そして、私は悟った。
――いない。もう一匹の私の猫が、どこにもいない!




