婚約を破棄するのは王子様……だけ&令嬢たちの裏事情
5000文字ちょっとの短編2本で構成されております。
前半が馬鹿王子の側近視点、後半が悪役令嬢視点の裏事情の説明になります。
※誤字報告ありがとうございます!
【婚約を破棄するのは王子様……だけ。】
「アンネローゼ・シェラード公爵令嬢! 卑劣にもカーミラを虐げた貴様に王子妃並びに未来の国母になる権利はない! 私、フィリップ・モーリス第一王子と王家の名の下に、貴様との婚約破棄をここに宣言する!」
ここで王太子と言わなかったことに拍手を送りたい俺がいる。
ここに至るまで本当に大変だった、俺……俺たちは。
この茶番を利用すれば、ようやく俺たちは自由の身になれる。
エラード王国モーリス王家には二人の王子がいる。
一人は正妃の息子のフィリップ第一王子だが、もう一人は身分の低い側妃の息子で、第一王子と3ヶ月しか誕生日が違わない同い年のデヴィッド第二王子だった。
しかし扱いは雲泥の差。
甘やかされ方も天と地の差。
結果、おつむの出来も月とスッポンという兄弟が出来上がっていた。
そんなスッポン王子を心配した国王陛下と正妃殿下が幼い頃から護衛兼側近兼お目付け役として付けた3人の優秀な子供たちがいた。
騎士家のアレックス・ネヴィル辺境伯令息、宰相家のウィリアム・パーシィー侯爵令息、そして俺、魔導師家のライアン・ベアリング侯爵子息だ。
幼いころからボンクラ王子に付き従い、時に諭し、時に宥めすかし、時に陛下の力を借りて王子としての体裁が整うくらいにはなんとかなった。
が、結局そこまでだった。
しかもフィリップ殿下は、学園に入ってからは色ボケも発症し、気が付けばフェイン男爵令嬢のカーミラととても親しくなっていた。
3人の目をきっちり盗んで。
俺たちを騙くらかすスキルを磨くくらいなら、未来の為政者としてのスキルを磨いて欲しいものだった。
そしてこのカーミラ嬢がまた問題だった。
フィリップ殿下とだけ仲良くしていればいいものを、なぜか従者の俺達にまで秋波を送ってきた。
甚だ迷惑だったが、フィリップ殿下から最上級に気を配れと命じられている以上、ぞんざいな扱いができないどころか『お姫様』として扱わなければならない。
その結果、やっぱり増長した男爵令嬢が出来上がってしまった。
カーミラ嬢はフィリップ殿下の目を盗んでは側近たちどころか、学園内の有力貴族子息の前で気の弱い清純な女性を装い、高位貴族の女性たちから嫌われているとアピールするという技でちょろい男を落としていった。
俺はそんなにちょろくないし、何より婚約者にぞっこんだ。
幼いころからの婚約者は、王都どころか国内の、いや世界中のどんな女よりもかわいいし魅力的だ!
だがしかし、そこは悲しい宮勤め。ビッチ……殿下の可愛い恋人の機嫌を損ねるわけにはいかない。
だからあいまいな態度を取って、言質を取られない台詞で「お仕えする王子の想い人に応えることができない」と可哀そうな男を演じて、何とかカーミラ嬢の攻撃をかわしてきた。
もちろん事情も言動も全て婚約者には伝えてある。秘密裏に。
家同士の婚約とは言え、月に一度のお茶会はほぼ義務となっている。
だがそのお茶会も王家のスパイに監視されているらしく、さらに悪いことにその情報を殿下にも知られてしまうらしい。
双方の家でのお茶会でそれぞれ試したが、なぜかその内容をもとに殿下がからかってきた事から発覚した。
その件を陛下に奏上したところ、以後はからかわれることは無くなったが、仲がいいことがばれると面倒くさいことになりそうだと思い、お茶会では適当な会話しかしなかった。
念のため家でも「王子の恋人に横恋慕した可哀そうな男」を演じ、その上で「憂さを晴らしてくる」と夜に出かけるようにした。
出かける先は本当の愛を誓った婚約者の部屋。
と言ってもまだ清らかな関係だ。
婚約者クローディアの父ダドリー侯爵に許可を得て週に2回の夜の逢瀬を重ねている。
侯爵も魔導師なので「一線を越えない契約の魔法」をきちんと交わしている。
ハグとキスまでは何とか交渉して許してもらった俺はえらい。
そう、クローディアからのハグやキスがないと、正直いまの状況は耐えられなかった。
「もうやだ、疲れた。早く廃嫡されないかなあ、あの馬鹿王子」
「あらあら、馬鹿王子だなんて。本当のこととはいえ、不敬よ?」
「誰にも聞かれてないからいい」
「私が聞いていてよ」
「クローディアと俺はニコイチだからいいの」
「ふふ、お疲れ様。今日も追いかけられていたみたいね」
「知ってたの?」
「ええ。わざわざ教えてくださる方がいるもの」
「……バカ女?」
「誰とは言いませんわ。本当にお疲れ様」
「クローディアもね。大丈夫?」
「大丈夫ですわ。王家から侍女を派遣して貰ってからは、第一王子殿下もフェイン男爵令嬢も危ない事はしかけてこなくなりましたもの」
「ならよかった」
こんな会話を交わす間、俺はクローディアに膝枕をしてもらいながら、頭を優しくなでてもらっていた。
最高級の癒しだ。
第一王子の側近として、なにより筆頭魔導師家の嫡男として、学校の内外で気を張っていてへとへとだった。
こうしてだらしない素の姿でいられるのは、クローディアと二人きりの時だけだ。
「卒業まであとひと月。俺が王子の側近じゃなかったらこんな苦労を掛けなかったのに、本当にごめんね」
「ライアンのせいじゃないもの。それにもしあなたが側近じゃなかったら、私達婚約できなかったかもしれないでしょ? ふふ、それに一緒に頑張るのも楽しいわよ」
「ああ、ディアは本当に優しいな。大好きだよ、愛してる。結婚できる日がすごく楽しみだよ」
「私もよ、ライ」
そうしてキスを交わして、侯爵が怒鳴り込んでくる前にクローディアの部屋を飛び出るのが習慣になっていた。
というか、キスしたらバレるって、酷くね?
でもそれも卒業までの我慢だ。
入学以来、幾度となく陛下に側近を辞退したい旨を伝えていたら、「卒業までは我慢して欲しい」と「それ以後は好きにしていい」との約束を取り付けられたので、漸くバカの子守からおさらばできる。
卒業パーティがとても楽しみになっていた。
卒業パーティ当日、俺は父と共に急な依頼をこなすために遅刻する旨を学園に伝えてあった。
嘘だけど。
髪色を変え、遠目に俺と分からないように眼鏡もかけて、30分遅れで俺が会場に着くと、なぜか会場入り口には友人2人も立っていた。
「俺は馬車が故障して遅れたのだが?」
「……依頼帰りだからこの格好だ」
「急な腹痛で病院に寄っておりました」
そこでこそこそ話し合って、初めて3人とも同じことをしていたと発覚した。
まあ、お互い「もしかして」程度には疑っていたんだが。
騎士のアレックスは婚約者のマリアーナ・コンプトン公爵令嬢と、師匠が彼女の父親なのをいいことに特訓を受けると言っては会っていたそうだ。
未来の宰相候補のウィリアムは婚約者のフローリア・ゴドウィン伯爵令嬢と、調べ物をすると称して王立図書館に行っては二人の時間を持っていたそうだ。
「その魔法は使ったままでいいのか?」
「ああ、陛下と学園には許可を得ているから大丈夫」
「ではついでに、我々の真に愛しい人がどこにいるか探っていただけませんか?」
そっか、まっすぐ行った方が馬鹿二人にばれないもんなと、俺は遠見の魔法で中を探った。
するといい感じにばらけていた。
フローリア嬢は右の扉から壁沿いに行けば見つかるところにいるし、マリアーナ嬢は反対側の少し後ろの方で友人たちと飲み物を頼んでいた。
クローディアは友人で第一王子の婚約者であるアンネローゼ嬢と一緒に、中央に近いところで歓談している。
それを告げるとお互い「また後で」と言葉を交わして、こっそりと会場に入っていった。
もうすぐクローディアの傍にたどり着くと言ったときに、フィリップ殿下がカーミラ嬢を伴って壇上に上がった。
殿下は視線をアンネローゼ嬢に向けていたので、変装している俺が真ん中で丁度よかった。
そして冒頭の騒ぎだ。
それだけなら見ていればよかっただけだったんだが……
「フェイン男爵令嬢には数度進言をいたしましただけで、他の接点はございませんわ。それともわたくしがいじめた確たる証拠をお持ちで?」
「ああ、カーミラは何度も何度も俺に訴えかけてきたし、目撃者もいる! ウィリアム、ライアン、アレックス、証言をしろ!」
俺たちに話を振ってくるとは。やれやれと思いながら変装を解いて舞台の下へと歩き始めた。
クローディアをエスコートしながら。
そして仲いいな俺たち。
アレックスとウィリアムもそれぞれの婚約者と共にアンネローゼ嬢の傍に集まった。
すると黙っていられないのはカーミラだった。
「なんで? なんでみんな女連れなの!? 私のことが好きだったんじゃないの? 私の気持ちは分かってますよねって言ったら、うなずいたじゃない!」
皆に同じことを言ってたんですねとため息を一つついてから友人と目で会話をし、殿下に呼ばれた順番にこたえることにした。
「ええ、あなたのお気持ちは」
「第一王子殿下にだけ向いていた」
「そう捉えておりましたが?」
自分のことを好きだと思っちゃってたんですね、痛いなあ。
思いっきり傷つきましたという顔で黙るカーミラ嬢の横で、何のことかと殿下が目を白黒させていたが、もともとの話を思い出したのか俺たちに向かって叫んできた。
「お、お前たちはカーミラがアンネローゼにいじめられていたのを見てたのだろう? あの女に教科書を破られ、池に突き落とされ、果てには階段から突き落とされた時に、そばにお前たちがいたと聞いたぞ!」
確かにいたと言えばいたんだけどね。
アレックス曰く
「彼女の破られた教科書は見ましたが、だれが破ったかは見ていません。日付は婚約者が初めて手作りのクッキーをくれたので覚えております」
俺曰く。
「ずぶぬれになっている彼女を乾かしましたが、犯人は見ていません。日付は婚約者が初めてお守りのバングルをくれた日だから覚えています」
ウィリアム曰く。
「階段から落ちてくる彼女は見ましたが、落とした人は見ておりません。日付は婚約者がずっと探していた本をプレゼントしてくれた日なので覚えております。日付とシェラード公爵令嬢の行動記録を照らし合わせれば、彼女がしたことかどうかわかると思います」
嫌な予感がしていた俺は「何かに出くわした時に、婚約者から特別な何かを貰えたら、日付を覚えていられるのにな」と呟いたことがあったが、どうやら3人ともそれを実行したようだ。
さすがだな、友よ。
それにしてもなぜ殿下は「行動記録?」と首をひねってるんだろうな。
「シェラード公爵令嬢には王家からの侍女が付き、行動のすべてを記録されていたはずですが。ご存じなかったのですか?」
ウィリアムの言葉で気が付いたが、もしかして自分も行動をすべて把握されていると知らないとか? まさかな……。知らなさそうだな。
本当にダメだろうこの王子。
「私は……いえ、我々はずっと陛下に懇願しておりました」
「第一王子のお守りはもう無理ですと」
「第一王子の側近という役職から外れ、第二王子に付かせて頂きたいと」
「しかし陛下からは卒業までは頼むと」
「それまでにはきっと何とかなるからと言われましたが」
「この体たらくではどうあっても無理です」
俺たち三人は打ち合わせもしていないのに一斉に第二王子の方を向くと膝をつき、同時に要請を口にした。
「「「第二王子殿下、どうか我々をあなたの側近に」」」
「お前たち何を言って……!」
俺たちの言葉にフィリップ殿下は顔を真っ赤にして怒っていた。
しかしアンネローゼ嬢が、俺たちをかばうように一歩前に出て、フィリップ殿下を視線で制してくれた。
「わたくしからもお願いがありますわ。冤罪で婚約破棄を一方的に突き付けられた上にあの女呼ばわりされた以上、第一王子の婚約者であり続けるのは無理ですわ」
そして視線を柔らかくしてデヴィッド殿下の方に向けると、
「第二王子殿下、ぜひわたくしを貰っていただけませんか?」
更なる追い打ちをかけに行っていた。
この場にはもう第一王子の味方はいない。
学園の皆が認め、王太子にと求めていたのはデヴィッド第二王子だった。
「子爵家の側妃を母に持つ力ない私でも宜しいのですか?」
「それで言うのであれば、わたくしは第一王子に婚約破棄された傷物の女ですわ。それに力はわたくしの父が持っておりますもの」
「でしたら是非に……ずっとあなたが私のものになったらと願っておりました」
「嬉しゅうございます」
「君たちもどうか私を支えてほしい。4人には名を呼ぶ許可を与えよう」
俺たちがほっとしながら「ありがとうございます、デヴィッド殿下」と答えていたら、当たり前だが第一王子が怒鳴ってきた。
「俺は王太子だぞ! 俺を差し置いて、そいつを支持するってどういうことだ! お前たちみんな……」
「立太子もしてもいないのに、なぜ王太子を騙るか!」
さらに大きく通る陛下の声によって、それ以上の言葉はさえぎられた。
陛下の登場にバカップル以外の全員が最上級の礼をして出迎えた。
こういう時も突っ立っていられるって、あの男爵令嬢は案外大物かもしれないなあ。
「皆、直るがいい。ウィリアム、ライアン、アレックス、そしてアンネローゼ。お主達4人には本当に苦労を掛けた。しかし卒業までに何ともならなかったのはこちらの不徳。今までの健闘に対する褒美として4人の願いは国王たる私が聞き入れよう。末永く息子と国を支えてくれ」
「「「「ありがとうございます」」」」
「そしてフィリップ、お前は廃嫡する!」
「そ、そんな……」
満面の笑みの俺たちと、へなへなと崩れ落ちたうえで衛兵たちに運ばれて行く二人というシーンで茶番劇は幕を下ろした。
末永くってことはたぶん第二王子が立太子し、俺たちも側近として仕えられる=将来安泰ってことでラッキー♪
学園生活3年間を棒に振って頑張った甲斐があった!
さあ、これからは愛しいクローディアとの結婚と新生活のことを考えればいいだけだ。
ハッピーエンドを迎えた俺たちは、婚約者との幸せな未来だけを考えればいいんだからな。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
【令嬢たちの裏事情】
「え?」
「まさか!」
「4人そろって」
「転生者!?」
護衛も侍女も下がらせた女4人の気兼ねないお茶会で、とんでもないことが発覚したために、貴族令嬢4人がそろって淑女らしからぬ声を上げたのだった。
私、アンネローゼ・シェラードは公爵家の長女で、この国のフィリップ・モーリス第一王子の婚約者に齢6歳で選ばれた。
時を同じくしてフィリップ殿下には同い年の、私の二つ上の有能な少年3人が側近として付けられることが決められた。
宰相家のウィリアム・パーシィー侯爵令息はその時すでに法曹家のフローリア・ゴドウィン伯爵令嬢と婚約をしていたが、他の二人はまだということで王家の方から婚約者をあっせんされた。
騎士家のアレックス・ネヴィル辺境伯令息には、同じく騎士家で父親が王宮騎士団団長を務めるマリアーナ・コンプトン公爵令嬢があてがわれた。
もう一人の魔導師家のライアン・ベアリング侯爵令息には同じく魔導師家のクローディア・ダドリー侯爵令嬢との婚約が締結された。
2つ歳上のクローディアは母親同士が仲が良く、物心ついた頃から本当の姉妹のようだと言われるほど仲が良かったので、貴族の子女としてお互いの婚約を称えあったが、内心は微妙だった。
クローディアの婚約者のライアンは、もともとクローディアのお父様にも師事していたので面識もあったし、ナンパな面はあるものの一生懸命頑張る人だということで、彼女はこの婚約に乗り気だった。
問題は私だ。
フィリップ殿下は8歳にして意志が強く(我儘で)要領が良く(勉強をさぼり)王家の自覚を幼いながらに持ち合わせている(暴君な)素晴らしい王子と有名だった。
はっきり言ってボンクラだ。
ただの6歳の貴族令嬢なら将来の王太子とみなされている第一王子の婚約者になれるなんて光栄だと喜ぶところなのだろうけど、そうは問屋が卸さなかった。
なぜなら、私、アンネローゼ・シェラードには前世の記憶があるのだ。
この世界ではない、日本と呼ばれる国で25歳まで生きた記憶があった。
何が問題って今生きているこの世界が、死ぬ前にやっていたくそゲーとして有名なゲームの世界そのものだったからだ。
何がくそゲーって攻略対象がちょろすぎて、簡単に落とせるところだ。
基本的な攻略対象は4人だけど、それを全部クリアするとサブキャラがガンガン(と言っても10名ほど)落とせるようになる。
しかもそのキャラクター達もそろってちょろく、山あり谷ありを求める乙ゲークラスターには受けが悪かったことでも有名だった。
ただそれだけなら全く売れなかっただろうが、声優がとても豪華で、声優目当てに頑張る声優沼の住人が多発した。
総じて「くそだ、でも甘い、たまらん」という声を上げていたため「声優ハニトラ」という別名で制作側すら驚くほど売れたゲームだった。
かくいう私も王弟殿下の声を目当てに全ルートクリアした上に、王弟殿下のルートは死ぬ程やった。
他の声優さんもそれなりに好きだったので、サブキャラも一通りは落とした。
「そんなゲームのトップの悪役令嬢に生まれ変わるって、どんな呪いよ」
生まれ変わった世界がくそゲーって、断罪されて処刑される人生ってどういうことよと泣きそうというか、正直一晩泣いた。
でも泣いてもどうにもならないし、私以外の3人も何とか救えないかと思い、一度実際に会ってみようとお茶会に誘った。
マリアーナ嬢は同じ公爵家の娘として面識があったのと、フローリア嬢はクローディアの家に一時期魔法を学びに来ていたということで彼女が声をかけてくれることになった。
そして侍女たちも下がらせ、4人だけでお茶を楽しんでいる最中に私がうっかり「ハニトラのことをどう説明すればいいのかしら?」と零してしまったときだった。
「ああっ! そっか、アンネローゼやクローディアってどこかで聞いたと思ったらハニトラだ!」
「あのくそゲーアニメの!」
「ハニートラップがどうかしたの?」
と、クローディアとフローリアとマリアーナが口にしたことで冒頭の淑女らしからぬ叫びにつながった。
話してみれば4人とも日本からの転生者で、私とクローディアはゲームをやっており、フローリアはその後に放映されたアニメだけを見ていた。
マリアーナは一切知らなかったそうで、彼女はリア充なパンピーだった。
ハニトラの世界で私たちが断罪されないためにはどうすればいいのかを、ゲームやアニメの展開を話し合っていたら、マリアーナがヒロインの言動を根掘り葉掘り聞いてきた。すると、
「ヒロインのその方法だと、男性は実際はウザがるんじゃないかしら?」
「え? そうなの?」
「ええ。おバカな第一王子はともかく、他の人は普通の男性なんでしょ? だったらヒロインの言動って面倒くさかったり余計なお世話って感じるんじゃないかしら。だから彼女のことは気にせず、普通に婚約者を落とせばいいと思うけど」
と言い出した。
だが問題はオタク3人は死ぬまで清らかな体どころか唇すら清らかなままだった程の恋愛初心者だった。
ならばと、4人の中で唯一前世で普通に恋愛していたマリアーナが恋愛指南役になってくれた。
3人の婚約者の性格は、それぞれゲームやアニメで死ぬ程見てきたのでわかっている。
ライアンはチャラ男を装っていたが実は純情で甘えん坊だ。ならば甘えていいと教える為に、たくさん甘やかせばいいと言われた。
クローディアが「甘やかすってどうすれば?」と問えば「犬を飼ったことがあるなら、相手を犬だと思って、褒めて、撫でて、抱きしめて、甘えていいと教えてあげればいいと思う」と返ってきた。
犬なら飼った経験があるから、それで頑張ってみるとクローディアは気合を入れていた。
ウィリアムはくそ真面目で勉強一筋で、父親同様将来は宰相になることを夢見て日々努力をしているタイプだ。
学生になっても女性に免疫があまりなく、その所為もあって可愛く甘いこと言ってくるヒロインにコロッと参ってしまうちょろキャラだった。
ならば先に引っ掛ければいいと、笑顔を練習して一番の可愛らしい笑顔をウィリアムだけに向けて話しかければいい。自分だけの笑顔と気づけばそれだけでときめいてくれるだろうと。
でもそれだけじゃ弱いので、一緒に勉強をしたり本を読んだりするといいんじゃないかとも提案してくれた。
アレックスみたいなストイックなタイプは落としたことがあるので大丈夫とマリアーナは言い切り、反して私のことが心配だと言ってくれた。
「王子は一人だけじゃないけど、第二王子はゲームに出てこないの?」
そういえばと私たち3人は顔を合わせた。
設定では側妃を母に持つ弟がいるとは書かれていたが、ゲームにもアニメにも一切出てこなかった。
では現実ではどうなのか?
「側妃様は子爵家の令嬢で実家の力がないために、陛下には愛されているけど肩身の狭い思いをしてると噂で聞いたことがあります」
「だからこそ教育はしっかりされているというか、殿下自体が同い年の兄を支えられるようにと勉学に打ち込んでいるといううわさもありますよね」
「だったらアンネローゼはその第二王子とコンタクトをひそかに取るといいかも」
「どうやって?」
「これから王子妃教育を受けるのよね? それでわからないことを質問するか調べるかの段階で、どこかで接触できないかしら?」
「お父様から第二王子を王宮の図書館でよく見かけると聞いたことがあります」
「ならばそこで友情をはぐくみながら、第一王子に関する悩み事をちょろっと相談する体で、弱音を吐くといいかもしれないわ」
「私が弱音を!?」
「未来の王子妃として、公爵家令嬢としては考えられないかもしれないけど、そういう立場の人の涙って男の庇護欲を掻き立てるものよ」
「アンネローゼはその方向で頑張った方がよさそうね」
「私もクローディアもマリアーナ先生の言に従って頑張りますから」
「そうね、皆で努力してこの困難を乗り越えてみせましょう」
誰もいないのをいいことに、4人で「エイ、エイ、オーーー!」の掛け声とともに拳を天に突き上げて、ゲームでちょろいと有名な攻略対象+超隠れキャラを落としていく誓いを立てたのだった。
そして始まった王子妃教育。王宮で行われるためほぼ毎日城に向かい、教師たちから色々な教えを受けることになった。
公爵家の娘としてある程度の教育はされていたが、そこはまだ6歳な上、未来の王子妃・王妃候補として学ぶことはたくさんあった。
前世25年の記憶と気力をもってしてもへこたれそうだった。
そして帰りの馬車を待つ間は自由時間になる。
王妃殿下や第一王子殿下とお茶をすることもあったが、それ以外の時は自習と称して王宮の図書館で過ごすことが許された。
そしてフローリアの情報は正しかった。
第一王子よりも柔らかな色合いの髪と瞳を持つ少年が、政治経済の本が並ぶ書棚の前にいた。
「もしかして、第二王子殿下でございますか?」
「そうだけど、君は?」
「失礼いたしました。わたくしはシェラード公爵家の長女でアンネローゼと申します」
「ああ、兄上のご婚約者の」
「はい。以後よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく、義姉上」
あら気の早いと少女らしからぬ作り笑顔で返せば、そうだねと殿下も少年らしからぬ寂し気な笑顔で返してくれた。
それから数か月は会えば二言三言会話を交わすだけの薄い関係を続けて、掘り下げた会話をするタイミングというか、マリアーナ先生曰くの『弱音を吐くタイミング』を見計らっていた。
でも前世でも今世でもやったことがなかったので、はっきり言って超難問だった。
そんな日々を過ごしている中、どうしても経済学の分野で理解できないことが出てきてしまった。教師も分かりやすく説明しようとするのだが、それがどう結びつくのかさっぱり理解できない。
前世の私なら「わからないものはしょうがない」と思えたのだろうが、公爵令嬢として王子妃としての矜持をすでに持ち合わせている今世の私は、そんな自分が情けなくて、分からないことが悔しくてしょうがなかった。
泣きそうになるのを我慢しながら経済学の本棚の前でもっと基本的な本は無いかと探していた。
「どうかされましたか?」
そこに現れたのは第二王子殿下だった。
「……なんでもありませんわ」
今彼に何か聞こうとしたら、それこそ泣いてしまいそうだったのでなんてことないふりをした。
でもそれはバレバレだったようで。
「何でもないように見えませんよ。詳しく話してみませんか?」
そう優しく微笑みながら尋ねられて、つい経済学で理解できない点を話したら、ならばと殿下がわかりやすく説明している本を探し出してくれた。
それを読みながら、殿下に説明をしてもらってようやく理解できた。
こんな簡単なことが分かっていなかったのかと情けなくなり、もう涙がこらえられなかった。
「シェラード嬢!?」
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい。なんかこんなちょっとしたところが理解できなかったなんてって、情けなくなって……。こんなことで泣くなんて申し訳ありません、殿下」
急いでハンカチを取り出して目を覆い、泣くのを我慢するためにそのまま上を向いた。
そのままじっとしていたら、何かに体を包まれて、頭を優しくなでられていた。
これって、まさか!
「あ、あの、で、殿下!?」
「我々にとって我慢することは重要ですが、たまには泣いてもいいんですよ」
予想通り、私は殿下にやさしく抱きしめられて頭をなでなでされていた。
6歳なんだからおかしくないけど、おかしくないんだけど、恥ずかしい!
「あなたは立派なレディですし、とてもよく頑張っていると教師たちから聞いています」
「殿下……」
「たまに泣いたところで、だれも咎めませんよ」
「殿下も泣きたくなることはありますか?」
「そうですね。正直なことを言いますと、たまにはくじけそうになりますよ」
「……殿下がそうなら、わたくしが落ち込んでもしょうがありませんわよね」
「そうですよ。さあ、元気を出しましょう」
「はい、ありがとうございます」
そんな会話を交わしてからは話す時間も増え、素直にわからないところを教えてもらうようにもなった。
そうは言っても月に一度か二度あればいい方だったし、第二王子殿下が学校に通われてるようになってからはほぼその時間も無くなった。
3年ある学校で重なる期間は1年だけだが、その間も一度学校の図書室であいさつを交わしただけだった。
婚約が決まってから10年、入学してから1年。
私と共にヒロインが入学し、フィリップ殿下と急接近していた。
そしてゲームのクライマックスとなる殿下たちの卒業パーティ。
本来なら私がフィリップ殿下のパートナーを務めるはずだったのだが、なぜか私は一人でここに参加していた。
同じくパートナーが父親の用事に付き合わされて遅れてくるクローディアと会場入りし、クローディアのご友人たちと一緒に歓談していた。
マリアーナとフローリアも会場にいるのを確認した。
そして予想通り始まる喜劇。
カーミラ嬢を伴って壇上に登場したフィリップ殿下は、大きく息を吸うと会場中に響く声で宣言した。
「アンネローゼ・シェラード公爵令嬢! 卑劣にもカーミラを虐げた貴様に王子妃並びに未来の国母になる権利はない! 私、フィリップ・モーリス第一王子と王家の名の下に、貴様との婚約破棄をここに宣言する!」
私たち4人はそれぞれの相手をきっちり攻略した。
そして、王家にお願いして自分たちの行動も全て管理して貰った。
断罪を受けないための証拠をそろえる為に。
「フェイン男爵令嬢には数度進言をいたしましただけで、他の接点はございませんわ。それともわたくしがいじめた確たる証拠をお持ちで?」
さあ殿下。
私たちの手のひらの上で踊っていただきますわ。
そして申し訳ありませんが、ハッピーエンドを迎えるのは私たちの方ですわよ。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。
またふと思い立ったので王子&ヒロインざまぁ系の短編を書いてみました。
男3人は頑張って誤解をさせ、そんな婚約者を女性たちは落としつつ支えるのって楽しそうと思ったらこういう話になりました。
楽しんでいただけたのならうれしいです♪
普段はのんびり長編「ドラゴンの使者・ドラコメサ伯爵家物語 ドラゴンの聖女は本日も運命にあらがいます!」を書いております。
ちょっと実生活がバタバタしているので今はさらにのんびり更新になっておりますが……。
実生活が落ち着いたらあちらをまた頑張って書きますので、もしよろしければご覧ください♪
URL:https://ncode.syosetu.com/n4604ho/
短編も思いついたらアップいたしますので、合わせてよろしくお願いいたしますヾ(*´∀`*)ノ
追記
初めてランキングをチェックしました^^;
5月8日9時時点で日間ランキング、総合114位・異世界(恋愛)すべて79位・短編48位に入っていました!
評価を下さった皆様のおかげです!
ありがとうございます゜+。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+゜
追記2
……やはりバタバタしているというか頭が回っていないときにアップするものではありませんね。
1万文字程度なのに山ほど誤字報告が。・゜・(ノД`)・゜・。
最後にちゃんと見直したのに、直したつもりだったところもたくさんあって、直した元をコピペし忘れたのか? と思ったら、元も間違ったままでしたorz
誤字報告は本当にありがたいです……皆様ありがとうございました><