城南事件帳 2
「モデル仲間に勧められたんです。コロナの時期に。ちょうど、モデルの仕事もなくて、体も持て余し気味で」
ふうん、そうなんだあ。まあ、そうだろうなあ、コロナでエンタメ業界もずいぶんと苦しかったって聞くし。舞台とかも。だけど、芸能人なんて、普段さんざん儲けてあぶく銭使って、銀座だ六本木だ五反田だって高級クラブで豪遊してるんだから、ちょっとぐらいオケラになったくらい、いい薬だろうが。そう、お腹の中で羽生は言い放った。
こちとら、安月給の公務員じゃ、一生かかったって、恵比寿あたりのキャバクラヨガなんて出入りできるはずもない。なにが、キャバクラヨガだ、ふざけやがって。ああ、あれは、政治家だったっけ。いいんだよ、どうせ、おんなじなんだ。ひと様の金で、適当なことやってる人種って意味じゃ。などと、わずか0コンマ何秒という瞬間に、これだけの悪態をつけるのだから、よっぽど人間がひねくれているのだろう。
あれ、まてよ、最後に気になったこと言ってたなあ。体も持て余し気味だぁ? なんだそれ。なんか、聞き捨てならない言葉だね。それって、ひょっとして・・ おれに、モーションかけてんの? ええ、そうなの? えっ、うそでしょ! まいった、まいった。そんなことってあるのか・・ いやいや、待てよ。ないとも限らないぞ。なにせ、コロナ禍では、「イイ事があります」ってリスナーのスケベな男どもに向かって、真夜中のラジオで呼び掛けた人間もいるくらいだし。などと、色事になると、急に己の田んぼに水を引っ張り込みたくなる羽生DT刑事弱冠29歳なのであった。
「じゃあ、持て余した体をー」
「それで、ウーバーイーツ始めたんですけど、結構きつくて」
せっかくその話題をもっと追及していこうと願ったのだが、残念ながら、そのことには、さらっとスルーされてしまった。がっかり。
「そうでしょうねえ、あなたのような、体が細い方は、がたいのいい男性と同じように、大量のお弁当や飲み物を運ぼうったって、そうはいかないでしょうね」
と、内心、つまんねえなあ、と思いつつも、紳士っぽく、通常の会話に切り替えると、
「ええ、そうなんです。実はまだ、今日、一件しか運べてなくて。全然、儲けになっていないんです。これでは、明日の生活費もままならなくって・・」
えっ? どういうことだ? 明日の生活費もままならないって。なんか、「明日の生活費」もパパ活を想起させるだけでなく、「ままならない」という語感が、なんだか、なまめかしい。ままならない、ママならない、ママやらない、ママならない、・・・・ なんか、五反田あたりで、オプションメニューでありそうだなあ。とヘンな連想してしまう。
「なんのお仕事をしてらっしゃるんですか? 」と妄想の真っ最中に急に現実に引き戻された。こういう場合、羽生は一応、逃げ道を用意していた。用意周到にも、偽の名札まで用意して。日常活動として、容疑者をはじめとして、目撃者など情報を持っていそうな市民に足を使ってものを尋ねるのが生業だから、ジャーナリスト、と言っても、あながちウソではないのだ。実際、その日にあったことは日誌にも記すから、物書きと言えなくもない。いや、十分に物書きだ。ならば、
「しがない、フリーランスのライターですよ」と答える。「しがない」が、味噌である。
「しがない」という時、少しうつむき加減にぼそっ、とつぶやくように言の葉に乗せると、言われた女性も、はっ、この人、きっと、さびしいのね、母性本能をくすぐられるに違いない。そういう計算が「しがない」にはあった。それだけではなく、加えて、「ライターっていっても、あの、たばこの火を着けるほうじゃないですよ、ハハハッ」
これは、あくまで、孤独かつニヒル、いうなれば、マサカズ、かの田村正和ちっくな雰囲気を出しておきながら、今度は即座に、あのクラウンライタ―ライオンズのほうじゃないですよ、と自ら下げることで笑いの火を起こし、”じゅん”ときた母性を蹂躙・翻弄させるという二段論法なのである。まあ、これは、あくまでも羽生大也刑事の心の内だけのことではある。
「えっ、ライターさん? どんなもの、書いてらっしゃるんですか?」ほらきた。女は、皆、そう来るのだ。そのために、こっちも一応用意してある。