城南事件帳 2
「お待ちになりましたか?」小首をかしげながら、カワイイ声で、ぱっちりメイクとカラコンのデカ目の顔をこっちにむけて、上目遣いにきたもんだ。羽生との距離も30センチあるかないか。道鏡禅師なら差し詰め、己のイチモツが向こう岸にすでに橋を架けているところだ。
「いや、そんなことないですよ」身を固くして答える羽生。体が震えているせいか、声まで上ずって、免疫がないのがまるわかり状態。
いっぽうのAV女優のまなは、谷渕社長からこう言い含められていた。「今日は、とびきりのDTを呼んであるから、まなちゃんがしっかりリードしてあげて。こっちはその筆おろしの一部始終を隣部屋でじっくり観察させてもらうからね」ほんと、今日の単独さんは、仕込みじゃなくて、ほんものらしいわね、と思わずまなはほくそ笑む。
そのえも言われぬ感じの微笑に、魔性を感じ取った羽生。なにせ、まったく実体験がない。ただ、AV仕込みのにわか知識はふんだんにおつむに詰まっている。だから、ちょっとでも、女の表情に変化でも起きようなら、それこそ大変なのだ。まるで、FX投資で1倍でやめときゃいいのに、欲出して2倍、2.5倍なんか試したりして、そういう時に限って、いままで150円後半をうかがうかってくらいの円安だったのに、政府高官や日銀理事あたりの一言で一気に風向きが逆になって、3円4円といきなり円高に振れたときのようなものと思っていただければいい。ちょっとの刺激が、DTにとっては命取りに等しいのだ。
「あの、あなた、どっかでお見かけしたような気がしますが」
とりあえず、決死の覚悟で、なんとか言葉を紡ぎ出した羽生。だけど、よく言うぜ。昨日の晩だって、夜遅くまでネットで動画をしっかり鑑賞していたくせに。どっかでお見かけどころじゃないだろう。なにもかも、WIKIのインチキプロフィールだって一度ならずちゃんとチェックしたことくらいあるくせに。
「そうですか。うれしい」屈託なく笑うAV嬢。「どこで見ましたか?」カワイイ顔してすっとぼけて質問してくるものだから、羽生は逆に面食らった。
あれっ、AV女優って、やっぱりこんなもんなの? 鈴村まなはセクシー女優のなかでも、一二を争うほどの清楚系で鳴らしているのに・・ 「えっ、どこで見たんですか?」って同じ尋ねるにしたって、破顔一笑することはないだろうが。ちょっと、頬を赤らめて、目線をそらす、とかないのか? たとえそれが嘘だったにしても、毎晩見てるヘビーユーザーとしてみりゃ、それぐらいの大和なでしこ風なリアクション、やっぱり求めてるんだけどなあ。などと、勝手な理想像と現実のあばずれ度とのギャップに内心の空虚さを埋められず、モヤついている羽生。
「シャワー浴びますか?」
えっ? 一瞬、なにがなにやら、わけがわからなくなった。アダルトビデオと一緒じゃないか? おれは今日、職場の上司、つまり、警視庁大崎署刑事課所属梅宮文太刑事に言われて、
「可愛いガールフレンドを紹介するから。それも、女優さんやってんだぞ」
そういう触れ込みで、この五反田有楽街北の端のホテル「ベル・エポック」の、「NTR部屋」にいそいそと足を踏み入れるはめになったんだぞ。それをなんだ。いきなり、「シャワー浴びますか?」って。これじゃ、それこそ、「自宅訪問」だか「デリヘルもの」と中身が変わらないじゃないか。そう自問自答しつつも、当然ながら、若い男の悲しいサガで、むすこさんはすでに消防車が何台到着したにせよ、容易に火が消せないところまできていた。
すると、まなちゃんは、羽生の同意を得ることなく、勝手に支度にかかり始めた。白いメギツネコートを脱いだと思ったら、今度は後ろ向きになって、首元のジッパーをするすると下ろすが早いか、慣れたもので、さっと、上下白の下着を残すだけとなった。
「こ、こ、これは・・」
渡りに船、日照りに雨、地獄に仏、闇夜の提灯、飛んで火にいる夏の虫、いや、違う。最後のは違う。自分から災害に飛び込んでいったというネガティブな意味だ。こっちは、普通の男なら、よっしゃよっしゃ、うしうし、ってなもんだろう。しかし、羽生の頭のなかではまだ呪文のような言葉探しが続いていた。一夜一夜に人見頃、人並みにおごれや、富士山麓にオーム鳴く・・・
やっぱり、母親以外の女性の前で、29年もの間、己の裸を見せたことのない羽生は、「お先にどうぞ」の心優しい交通用語のような一言で、入浴チャンスを自ら破棄するという大失態を演じるはめに。
まったく、馬鹿だよなあ。せっかく、夢にまで見た鈴村まなと狭い浴室で互いに新井っ子できるっていうのに。と、有象無象の男どもからおもいっきりため息を吹きかけられるであろうこと間違いない。
ともに体を清めて、部屋のパジャマに着替え、いざ、ベットの上でご対面。しかし、この期に及んで、ドンな羽生はいまだに、どうして自分がこの部屋にいるのかさえ、わかっていない。
「始めます?」
AV女優から、やさしくそう促されたが、いったいなにを始めるのか、皆目見当がつかない。
「あの、すいません。今日、私、上司からガールフレンドを紹介してやるからっていう名目でここにきたんですよ。そうなんだけど、いったい、あなたは」
「ほんとに、DTさんなんですね。ウフッ」そう自分に確かめるように言葉を発したまなちゃんは、「いいですよ、私が、やさしく、リードしてあげますからね。怖がらないでだいじょぶですから」
そう言うが早いか、羽生を臨戦態勢へといざなう。
「ちょっと、待って」
一度は枕に頭を乗せて、このままひょっとしたら天国に行けるかも、などと夢想したのは事実だが、ここでその波に飲まれては男がすたる、と変なところで力こぶを入れる。だから、いつまで立っても目的達成不可能なのだ。
「どうしたんですか?」
すっかり、自分のペースで事が運んでいるとばかりに思っていたもえは、急に真顔になって、まるで、食事をしたレストランのレジで出てきたレシートの数字が注文した定食1700円よりも割高の3000円と打ち込まれているのを発見して、ぎょっとして、そこから猛反撃する食事客のような驚きそして怒りの目をした羽生に、度肝を抜かれた。いや、かえって、新鮮で、興味を持ったと言っても過言ではなかった。
「なにか、ありました? 私、へんなこと、しましたか?」メギツネがまるでキツネにつままれたふう。
「いや、とにかく、こんなの、絶対おかしいですよ。なんでなんだ。私は女性とのお見合いとばかり思っていたのに、お見合いがいきなりお〇〇こじゃ、しゃれにならない」
すると、場違いな怒鳴り声が聞こえた。
「ひどいな、おい。なに漫才なんかやってんだよ」
部屋には誰もいない。自分たち以外は。羽生はきょろきょろ、首を回しては声の出どこを確かめようとするが皆目わからない。
「いま、変な声、聞こえませんでした? 聞こえましたよね」もえに同意を求める。しかし、事情を何もかも知った上で臨んでいるもえは、
「いや、なにも聞こえませんでしたよ。お仕事で、相当、ストレスが溜まってらっしゃるんじゃないですか? せっかくだから、溜まったものを全部吐き出したらいかがですか?」
この辺はいくら清楚系で売っていたって、実際は何千という陳帆を召し上がっていらした商売人。堂に入ったものである。
「やめだやめだっ! やめろ、もえ。いいわ、こんな他〇棒に大切なお前を預けるわけにはいかない。今日は取りやめだ。NTR中止!」
すると、いままでブラインドだとばかり思った壁にさっと光が差し、グンゼのパンツ一丁すがたの谷渕元気が奥の部屋のベットの上で仁王様ばりに不機嫌な顔をして胡坐をかいていた。これには、羽生もたまげた。と同時に、これって、以前もなかったっけ、と不思議な感覚に陥ったのは当然といえば当然か?




