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城南事件帳 2

 五反田書店は駅前ロータリーを超えて一本右カーブの掛かった道がちょうど折れたところ、つまり、有楽街がここから始まりますよ、という絶好のかなめの位置にある。この日もおやじは店に出るということもなく、ガラス引き戸一枚隔てた奥の畳部屋兼居間でお茶を飲みながらいつものお昼のワイドショーを見ていた。六本木テレビのニュース情報番組がおやじの定番であった。そんな時、表の扉のガラガラうるさい音と「ちわ~っす」と大きな声で、せっかくの自分の時間を邪魔されたものだから、「なんだよ、せっかく・・・ウチは三河屋じゃねぇんだぞ。人がくつろいでるってのに・・・」

 本来なら、三日に一ぺん来るか来ないかの貴重なお客さんなのだから、大歓迎すべきところだが、おやじはそうじゃない。朝昼のテレビのほうが重要なのである。ひょいと首だけ九十度左に曲げてガラス戸越しに声の主を確認すると、店のちょうど真裏にある立ち飲み屋の二階に居を構える国内最大手のエロビデオ制作会社『Gタワーズ』の助監督ではないか。

「はい、はい、ちょっと、待ってくださいよ」

 さすがの、商売そっちのけのおやじにしたって、近所で上得意のAV会社ご来店とあれば粗雑な扱いをするわけにはいかない。この日一番の渾身の力を振り絞って、「よっこらしょ」と座布団から重い腰を上げ、ガラス戸を勢いよく開けるやいなや、店内のたたきに投げ出された形の破れかけ買い替え時期のぼろサンダルに足を突っ込んだ。

「すいませんねえ、助監督さん、直々のお出ましで。ここんところ、急に寒くなって、体調いかがですか?」

「時候のあいさつはいいからさ」助監督は、こんなじじいの茶飲み話なんかに付き合ってられないとの圧全開で、「また、いいの、見繕ってよ」と用件を伝える。

「ええ、もちろんです。有難うございます」

 おやじはおやじのペースを崩さず、礼を述べた。「それで、どのようなタイプをお好みで?」

「なんでもいいんだ。とくにない。至急、用意してくれって社長から」

 困ってしまった。おやじはこの用向きはお客の要望を聞いてからじっくり1か月は吟味して、第三の男、すなわち、『他人〇』をあてがうことにしているからだ。この旨は、契約時に、最重要事項として、書面こそ交わさないけれど、重々お願いしてきたことなのだ。

「あの~、助監督さん。まことに、申し訳ないんですが、手前どもは、男性をご紹介するにあたっては・・・」

 すると、さっきから苛ついた顔だったところにもってきて、より一層眉間に青筋を立てて、

「わかってるよ、その話は。だから、急を要するって言ってんじゃない。女優がそう言ってんの。わかるでしょ、おやじさんも。そういう事情はさ」わかってよ、といわんばかりの懇願半分、イライラ半分のおかしな顔になっていた。

「わかりました。なるべく早く用意しましょう。一週間待ってください」

「人の話、聞いてる? 一週間じゃないでしょ。今すぐって言ってんのよ」

 これには、さすがのおやじも二の句が継げなかった。この稼業はもともと、離婚寸前の悩める夫婦、カップルのための、駆け込み寺として始めた聖業だ。ただ、その評判を聞き及んだ、いうなれば不埒な輩たちが、男優紹介業として利用し始めた。どの世界でも、人がいいのを逆手にとって、己の私利私欲のために利用しようとするわるいやつらがいる。そんな筋のよくない客層のひとりだったのである。いま、おやじを急き立てている助監督たち、AⅤ業界は。

「わかりました。ご要望の通り、なんとかしてみます」

「そう来なくっちゃ」

 一安心したのだろう。そう言い残すと、助監督はにやにやしながら、まだ人通りも少ない有楽街へと出て行った。

 まったく・・・。どうするかなあ。お客の手前、やりますって言っちゃったけど、どうする当てもないしなあ。今日の今日だろ、そんな都合のいい男なんて、いるわけないよなあ・・・

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