城南事件帳 2
「社長、鈴村まなちゃん、AV出たくないって、だだをこねてこねてこねまくって、コネチカット州に行っちゃったりしてますよ」
「・・・」
白いガウンに身を包み、いますぐにでもおっぱじめられるぜ!的な、ヤリたくてヤリたくて仕方ないオーラを頭のてっぺんから足のつまさきにかけて体全体、ぷんぷん発散しまくっているAV会社社長兼今日だけ男優復帰の谷渕元気が、その名の通り、その元気パワーをかなり持て余し気味に、ベットの前を行ったり来たりしていると、隣の部屋からいきなり助監督が飛び込んできて、説明とも言えぬ説明を発したのだ。
「鈴村まなちゃん、だだこねて、こねて、正月の餅つきみたいにこねて、元旦NHKの三宅裕司の番組の餅つき芸人『クールポコ』の二人組みたいになっちゃってますよ」
「おい、どうした? 高田純二みたいなギャグ言って。だいじょぶか?」
「だいじょぶじゃないです。だいじょぶじゃないから、こうして、必死になって社長に懇願してるんです」
ただで、社長に女の子の本当の気持ちを打ち明けたなら、どんなパワハラをされるかわかったもんじゃない。助監督はどきどきして心臓が口から飛び出すんじゃないかというほどの緊張感に駆られていたのだ。
「社長のような『おぢ』とはエッチなんてしたくない。もっと若いイケメンとじゃなきゃ、ヤダっ!」
まなちゃんの言ったことをそのままなんの編集もせずに伝えたら、それこそ、パワハラなんてもんじゃない。ジャニーズもびっくりのセクハラ行為だって十二分に危惧される。
「絶対に監督になんてさせねえからな、お前なんか。一生、助監督でコキ使ってやるから。手コキでも足コキでもケツコキでも女優が足らなければ代用要員として出演させて、もちろん顔とか胴体は見切れさせて男であることをユーザーたちには悟られないようにするけどな。ざまあみろ」きっと、そんな罵詈雑言を浴びせられるのは目に見えている。
「出たくないって言ってんのか? 理由はなんだ?」
「・・・」
「言ってみろ、正直に」社長はぢっと助監督の目を見据えながら、言葉を放った。
「・・・」
言えるわけがない。これまでだって、警察沙汰にしてないだけで、何回となくこの狂犬にスタッフたちは痛めつけられてきた。
「オレか? オレとやりたくないってことか? オレみたいなおっさんと。もっと、若いイケメンの、今を時めくエロメンのほうがいいってことか? そういうことか? それをオレに伝えようとして、でもできなくて、わけのわからない、まるで頭がおかしくなったかのような、高田純二似の基地外ネタで誤魔化そうとしたってわけか? おい、どうなんだ?」
ああ、もうだめだ。爆発寸前だ。助監督は目をつむって、瞬間、こころのなかで祈りを捧げた。これまで私はどんなに罪深い人生を背負ってきたというのでしょうか。それはたしかに、女の子とタダで、という浅ましい気持ちでこのエロ映画業界に首を突っ込んだということは認めます。しかし、だからといって、いや、一回だけ、いや、二回だけ、いやいや、本当に誓います、いままで、五回だけ、撮影の予行演習だから、という名目で、女の子をホテルに連れ込んで、演技という名の本番に到らしめたことはたしかにありました。懺悔したい気持ちでいっぱいです。しかし、それだけです。それがいったいどうだというのです。その程度の、いわば、出来心、過ちで、いま私は目の前の狂犬社長にボコボコにされなければならないハメに陥っている。そんなのって許されるでしょうか? この平和な国の日本で。ここはウクライナやロシアではありません。イスラエルのガザ地区でもありません。西洋の白人どもに、なにかと極東などと揶揄されるけれど、それはそれは平和な文明を築いてきた日出ずる国、日本なのです。女性とのいとなみを隠れてやったからといって、半殺しの目に遭わなければならないなんて、これを不幸と言わずしてなんと言うのか。
「おまえ、いい度胸、してるな。オレに、それを伝えるなんて」ニヤリと不敵な笑みを浮かべる社長に、ああ、もう、だめだ、と観念するしかなかった助監督は、そのまま黙って、目をつむったまま。視覚だけでもシャットアウトすれば、殴られた衝撃も少しは和らぐのではないかとの素人らしい判断からだった。が、どうしたわけか、いつまで経っても、社長は次の一手を指す様子がない。
「モエの野郎、エロメンのクータンがお好みだっていうんじゃないのか? そう言って、オレとの本番撮影、いやがったんだろ?」
直立不動で目をつぶり、上官の鉄拳を覚悟していた助監督は、気味悪いほどの優しい声質を耳にして、おそるおそる瞼を開いた。すると、社長は、
「わかった。それなら、それでいい。今日はオレのムスコも我慢だ。よく言い聞かせるから、問題ないぞ」そう、まるで半分は己に言い聞かせるかのように口を動かし終えると、おもむろにガウンの前をちょいと右手でつまんで、中の人にこう言い聞かせた。
「いいか、ムスコよ。今日はダメだって。わかったか? ダダ、こねるんじゃねえぞ。ダダを。な、また、次の機会、いいおもちゃ、買ってやるから、な? わかったか? よしよし、いい子だ。聞き分けのいい、いい子だ」
社長は前に向きなおしては、「というわけで、話ついたから。じゃあ、オヤジんとこいって、ひとつ、みつくろってもらって来いよ」そう指示を出した。




