城南事件帳 2
英字新聞ヨコハマ・トリビューン紙のカナダ人編集者ジョン・マッコイの彼女が、この白人女だったのだ。しかし、テレビ映像によれば、マッコイは新潟から移送されてそのまま警視庁に入ったはず。それならば、いや、そんな重大な 時に、のこのこ場末の五反田の古本屋まで出張るなんて、ちょっと常識はずれていないか? 当然のことながら、警察だって身辺を洗うだろうし。あるじは、女の桁外れた行動力?に、首をひねった。
「あなたの大切な方のことを気遣わなくても大丈夫なんですか?」
すると、女は、切迫感そのままに、
「ダイジョブではないです」
そりゃ、そうだろう。ふつう。彼氏が捕まったんだぞ。苗場スキー場近くの山の中腹で。しかも、それから1時間するかしないかで即席に知り合った日本人バカ女と、高速が見下ろせる場所で、靴下に靴だけ残して、後は全裸で、えっちらおっちらお繋がりしていたっていうのに。公然わいせつはもちろんだけど、あなた、浮気されたのよ、自分以外の女と致していたのよ。あるじは、女の無神経さを理解できなかった。やっぱり、ガイジンは普通の感覚と、日本人の神経とはまったく異なるんだな、目先の実利ばかりに走るんだな、と。
「大丈夫じゃないなら、なんで?ここは、どういう場所か、あなた、わかって来てらっしゃるんですか?」もう完全に、あるじは説教モードに入っていた。少なくとも、この女よりは20歳以上も年上だし、人種が違ったって、やること、考えることは同じだ。たいして変わりないはずだ。しかも、なんてったって、今現在、生活拠点はこの日本国なんだ。だったらその国のしきたりに、慣習に従ってもらわなきゃ困る。
「ワカっています。ワカッテルカラ、来ました」
なんだよ、それ。禅問答か? わかってるなら、来ないのが普通だろう。
「だったら、あなたがすべきなのは、これまでの相手である彼氏さんのことを思ってあげることです。大切にしてあげることです。新たな相手を見つけることではありません。あなたは間違っている」
「マチガッテマセン」口を真一文字に結んで、女は反論した。
「なぜ?」あるじだって、一歩も引かない。そう、やすやすと、スペアー男を紹介するわけにはいかないからだ。
「いま、彼に会いたくても、会えません。法律で、そうなっています」
「・・・」
そうだったっけ? 近親者って、身柄を拘束された被疑者に接見できないんだっけ? テレビドラマだと、よく実の母親が強盗だかを犯したバカ息子に涙ながらに面会するシーンをよく見かけるんだけど・・
「逮捕で3日、拘留で10日、延長で10日、合計約3週間は、絶対、会えません」
そうなんだ。やけに、詳しいね。あるじは、感心してしまった。が、やっぱり疑問はぬぐえない。
「それなのに、なんで、私のところへ?」
「カラダは別物です」
「・・?」
「にんげん、だもの」
むかし、阿川弘之の小説に、占領下の東京で、GHQから派遣された看護婦のシモの世話をした男の話があったっけ? そんなに、白人女って、やり〇ンなの?
「頭が、クレイジーになっちゃう。助けてください」
どうやら、相棒がとっつかまって、不安で不安でたまらないということも、主要な原因のひとつなのだろうか。たしかに、S〇Xで気晴らしになるということはおおいにわかるが。だからって、ウチに頼られても困る。こっちは、あくまでも、離婚危機の男女の仲を取り持つのが商売だ。核だ。旦那がブタ箱に放り込まれて不安だからって、その一時をまぎらわす、カンフル剤にこちらを利用されるというのはやっぱり筋違いに思う。
「やっぱり、ちょっと、ウチではお受けできませんね。ウチは、趣旨が違うから。カンフル剤じゃないから。接着剤だから」
すると、ここで引き下がっては負けだ、と見て取ったのか、俄然、気合が入ったらしきようすで、おでこに青筋を立てた白人女は、
「カンフル剤じゃないですか! 接着剤かもしれないけれど、男と女がイイことするって意味じゃ、カンフル剤ですよ」
イイことする、なんて、日本語知ってんだ。さすが、日本語能力検定1級だけのことはあるね、と妙なところで合点するあるじ。しかし、この後、あるじも一歩も引かなかった。
髪を振り乱し、半狂乱になって、自分の気持ちを伝えても、結局、願いがかなえられないと悟った女は、みるからにやつれた表情で、店の引き戸を閉じて、夜の有楽街へと姿を消した。あるじはあるじで、若干の心残りがなかったわけではなかった。そもそも、そんな不人情な男ではないことを自任しているつもりだ。決してお金持ちではないけれど、お茶だって和菓子だってうなぎだって、なるべくおいしいものを心豊かにいただいて、幸せに過ごしていきたいと願って生きている。人様が不幸なら、少しでもその覆いを外してあげて、気持ちの晴れた日常にしてあげられたら、と思ったりもする。だからこその、口利き屋稼業なのだ。今の東京に、いや、日本中に、いったいどこに、こんな殊勝な気持ちを持って、商売を営んでいる人間がいるであろうか? 厚労省の調査でも、3組に1組のカップルは離婚するという結果が出ている。まったく、ありえない話だろう。出会った頃は互いにアツアツで、この子と一緒にいられるならもうなにも欲しくない、くらいにのぼせ上がった仲だったろうに。まあ、そういう意味じゃ、マッコイとイイことできなくて、最低でも3週間待つのも難しくて、クレージーになりそうで、ウチに救いを求めにやってきたというミシェル・エディングという女性建築家は、ある意味、幸せなカップルだろうし、結婚して、幸せな関係を続けていくのかもしれないな、とうすぼんやりと思うあるじだった。
その10分後、女は、渋谷のスクランブル交差点をセンター街へ向けて渡っていた。




