城南事件帳 2
ここであるじは初めて、事態を飲み込むことができた。この女性、そっちをご所望だったのね。わかりました。それなら、うかがいましょう。あるじにとって、はじめてのガイジンさんのお客だった。
「日本語は大丈夫ですか?」
おそるおそる、聞いてみた。それまでのやりとりで不都合を感じなかったから、おそらく問題ないだろうとはわかってはいたが、やはり不安だった。いざというとき、「ニホンゴ、ワカラナイ、シラナイ」を常套句として犯罪行為から逃げるやり方が、日本に侵入してきた白人を始めとしたガイジンたちの間で横行しているからだ。
先日も、迷惑系ユーチューバーが逮捕されたばかりだったし。地下鉄の車両のなかで、見ず知らずの乗客にむかって、「また原爆を落としてやるぞ」「ヒロシマ、ナガサキ!」などの暴言を吐いた不良アメリカ人が。
「はい、大丈夫です。日本語能力試験1級を取得していますので」
白人女は切実なふうをそのままに、訴えてきた。よっぽど、日照っているのだろうか。それはそれは可哀そうなくらい、哀願という二文字がぴったりの様相だった。この紹介業、あまり、哀願という言葉は似合わないのだが。あまりじめじめするのも、もちろんするのもよくない。あるじとしたってそうだろう。いくら裏稼業とはいえ、あくまで人助けで第三の男を貸し出すことをコンセプトにしているのだから。理想は明るく楽しく、といきたいところなのだ。よって、ちょっとばかり、口頭試問らしきことを試みることにした。この紹介業、いくら、だれのつてかは知らないが、オスが必要だからといって、そうそう簡単に「はい、そうですか」と請け負うわけにはいかないのだ。赤レンガビルの女性用だと単純に捉えてもらっては心外なのである。あるじはあるじなりの股間に関わる話なのだ。沽券に関わる話なのだ。
「相手の男性はいらっしゃるんですよね。ご主人、とか、彼氏とかは、もちろん」
「はい、います」白人女はいまにも、よよと泣き崩れそうなさびしげな表情をした。「早く紹介してよ」と目が訴えていた。まるで、夫が太陽光発電などという名目で国から4臆2千万円という大金をだまし取って逮捕された女が、同性のテレビレポーターに自宅前で突撃された時に見せた、「だれでもいいから私に肩を貸して。私を強く抱きしめて。そして、大丈夫だよ、なにも問題ないよ、すぐに旦那さんは戻ってくると言って」そんな、なんともはかなげな雰囲気によく似ていた。
「ほんとうなら、お相手の男の方と一緒に来ていただくとありがたかったんですがねえ。というのも、お客さんは、うちが、初めてでしょ? 初めてのお客さんは、みなさん、そうしていただいてるんですよ。そうでないとね、ただの、違法あっせん業となってしまいますからね」
そうなのだ。ある意味、これはあるじ側にとって、切実な、死守すべきラインだった。この点、管轄の大崎警察署からもきついお達しがなされていたことなのである。山手通り沿いにそびえたつコンクリートむき出しの建物の署長室で、いまからさかのぼることうん十年前・・ 曽祖父の時代から三代続いて細々営んでいた口利き屋としての家業を四代目として引き継ぐにあたり、当時の署長さんから、こう告げられたのを昨日のことのようにあるじは思い出す。
「話は、前任者から引き継いでいます。ご主人は、あくまでも人助けでこのご商売をお続けになる、ということですよね。ええ、まったく、それなら、ウチとしてもなんら問題にするところではありません。おおいに・・というと、ちょっと語弊がありますが、心おきなく・・・これも違うか・・。とにかく、単に、女性の相手をするだけの男性を派遣する、いわゆるホテトルの男性版、のようなことだけは、慎んでくださいね。それをされると、『あの、管轄の警察は、そんなことまで許可を下ろしていたのか! まったく、けしからんやつらだ』と世間様から非難ごうごうですから。くれぐれも、そこのところの線引きだけはしっかりとお願いしますね。われわれ警察は、お宅様があくまで、離婚寸前の夫婦を救うために、最後の最後の緊急措置として、男性を紹介しているんだ、という認識なんですから。くれぐれも、そこのところは、お間違いのなきよう」
それはそれは、きつくきつく、かたくかたく、あるじに対して申し付けられていたのである。売春業だけはするなよ、と。もし、そんなことをしたら、即、ブタ箱だぞ!と。




