表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/89

城南事件帳 2

「ハロー!」気軽に話しかけると、

「コンニィ―チハ」と返ってきた。カタコトである。

「日本語じょうずですね」朝子はおもわずお愛想を口走った。

 馬鹿か? なんで片言の「コンニィ―チハ」だけで、日本語上手ですね、になっちゃうんだ。ほんと、日本人って、白人に弱いよね。だから、日本人の女は、今から35年くらい前のバブルのころ、円高のおかげで海外旅行が庶民の間でも大人気になり、アメリカやヨーロッパへと出かけるようになったのはいいけれど、ニューヨークなどでは、誘えばすぐにやらせてくれるっていう意味で、地元のタクシーになぞらえて、イエローキャブだなんて馬鹿にされるんだ。アメリカのスケベ白人男どもに弄ばれるんだ。

 日本の男だってしかり。連中が英語が上手いなんてのは、不動産屋が嘘つきだってこととおんなじ。当たり前なんだ。なにせ、母国語なんだから。喋れて当たり前。こっちはたしかに中学生のころから英単語覚えるのに必死だった。英文法も書いて学んで、それはそれは涙ぐましい努力をしてきた。どういうわけか、日本の英語教育は少なくともこれまでは、中学一年から始まっていたから、まさに思春期のとば口。たとえば地理の教科書などにアフリカ女性たちのあられもない姿がイラストで出ただけで、それが刺激となって、なにかといえば怒張するむすこさんの存在が、己が格闘すべき対象である教科書との間で邪魔することになる。仕方ないから、処理の仕方も初めて学んで、それはそれで罪悪感とともに感激の涙を流しつつ、その後は、頑張って、かつての戦時中は鬼畜米英と言われた言葉を平和な世の中になった中学生として、頑張って頭に叩き込んだものである。それだからなのだろう。日本人の英語教育は、汗と涙と努力と性欲処理とがないまぜとなって構成されているため、余計、白人に卑屈にならざるをえないのだろう。少なくとも、これまでは。 

 この白人が、だれあろう、週末になると日本人の女の子目当てで網を張る英字新聞ヨコハマ・トリビューンのカナダ人編集者ジョン・マッコイだった。日本に滞在すること早17年目。いまだに日本語が一言もしゃべれない。しゃべろうともしない。学ぶ気もさらさらない。日本人が英語を必死に学んでいるから、わざわざ俺たちが日本語を無理して学ぶ必要もない。そんな程度である。自身はそもそも、2006年に来日して1年間は民間の英会話スクールMOVAで講師として働いた。だから、日本人の英語に対する取り組み方のまじめさを肌で十分に知っているのだ。それなのに、日本語を学ぼうともしない。テキストを買おうともしない。英語で通すことになんの後ろめたさも感じない。不便さはときどき思うが、どうせ、この国にいるのは腰かけにすぎないのだから、現地の言葉を学ぶ価値などない。必要などない。そういう彼のふざけた性根がSNSに出ている、人を見下したような反吐が出そうな嫌な顔写真によく表れていた。白人でも日本人同様、性格の悪そうな、ずるそうな、不誠実な顔というものは、わかるものである。日本人も海外に旅行だ留学だ仕事だと出かける機会も増え、もちろん、ネットの発達により瞬時に大量の情報が流入するようになったから、外国人たちがいい人なのか悪い人なのか、バブル期のころよりも、認識できる日本人が増えてきたように思われる。

 ただ、それでも、日本人はガイジン、とくに、白人たちに弱い。義務教育で英語も必須である。マッコイが日本に来日したのもそもそもJETプログラムによる。

 JETプログラムとは、語学指導等を行う外国青年招致事業(The Japan Exchange and Teaching Programme)の略で、外国青年を招致して地方自治体等で任用し、外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図る事業のこと。職種は3つ。外国語指導助手(ALT)、国際交流員(CIR)、スポーツ国際交流員(SEA)(参考:一般財団法人自治体国際化協会HP)。そのうちの一番最初のALTとして、民間の英会話学校MOVAに2006年から1年間働いた。その後、運よく、新聞社に空きが見つかり、潜り込んで、意外に居心地がいいもんだから、それからずうっと、2023年の現在まで世話になっている。が、当人はそんな意識などない。働いてるのだからこの国に生活していて当然という考え方。日本社会やましてや日本人ひとりひとりに感謝などといった殊勝な気持ちなどこれっぽっちも持ち合わせていないのだ。権利権利で育ってきたカナダ人らしい。それと、アジア人を虫けらとも思っていない証拠でもある。

 軽く1時間半は過ぎた。止まり木でじっと語らっている二人は、その周りでがやがやと騒ぐその他大勢の多国籍人間からすれば、国際カップルとしか見えなかっただろう。事実、二人は意気投合した。が、すぐにはイタさなかった。朝子がお腹を壊したためだった。どうもここのところ連日暑い日が続き、「熱中症に注意してください」とテレビで呼びかけるものだから、それならと、毎日ガブガブガブガブと水だ緑茶だ牛乳だと水分を摂りすぎたらしい。

「よかったら、静かなところに移らないか?」と瞳の奥をキラッと輝かせてのマッコイの申し出に対し朝子は、

「ごめんなさい、今日はあの日なの」と、相手がガイジンだからストレートでもいいだろうとズバッと拒否回答をしつつ、「だけど、次、また、あなたに会いたいわ」と熱のこもった口調で返したのだ。

 どうやら、マッコイもこの言葉には偽りがなさそうだと酌んだのか、互いの連絡先だけ交換しておいた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ