城南事件帳 2
「おい、羽生君、どうした? なにか見つかったか?」
パソコンから顔を上げて、奥の襖で仕切られた寝室に呼び掛けるも、どうしたわけか応答がない。しょうがないなあ。足元の荷物をかき分けかき分けなんとかたどり着くと、羽生の姿が見えない。
「おい、羽生君、いるのか? いるなら返事してくれよ」さすがにちょっと不安になってきた。ははあ、クローゼットか。ベットの下に隠れるなんて芸当は、間男キャラでないとなかなかしないので、きっと、そうだ。というわけで、クローゼットの鎧戸を押し開けると、ウルトラマンよろしく下着を頬っかむりした後輩デカが、ニョッと姿を現したもんだから、
「おぉぉぉぉ~っ!」
「わぁぁぁぁ~っ!」
二人同時に叫び声をあげた。
「なにやってんだよ。その恰好は!」
「すいません。ちょっと、世界に入ってしまいまして」
「どんな世界だ」
「どうせ一度っきりの人生ですから、それこそ、紳士もすなるという女性の下着を頭から被ってみたいと思いまして」
こういう時は、一喝するのが、所帯持ちかつ先輩刑事の作法なのだろう。しかし、後輩思いですね、と慕われたい気持ちがある梅宮は、一瞬迷った。迷ったあげくに出した答えは、
「気持ちはわかる」まずは、相手のこころを察して、肯定することから入った。「なにごとも経験だ。要は、一度は、そういうことをしてみたかったってことだよね」大人の余裕を示した。
「そうなんです。かつての、新宿歌舞伎町のお店に夜な夜な高級官僚やエリート銀行マンなどが集まっては嬌声を上げたという高級飲食店『楼蘭』、つまり、ノーパンしゃぶしゃぶのお約束をしてみたかったんです。あそこって、店に入るとまずは、パンティーを頭に被ることから始めるんですよね」
「それって、羽生君の世代じゃないよね。どうして知ってんの?」
たしかにそうだ。まだ羽生は20代。大蔵省接待汚職事件が問題になったのは、1998年。その年に生まれたにしたって、今2023年だから25歳だ。
「いや、そんなことないですよ。つい何年か前も、雑誌や新聞やネット記事で見かけましたからね。やっぱり、なんつったって、キャッチ―じゃないですか。耳ざわりが。『ノーパンしゃぶしゃぶ』なんて」
そうか、若い世代も知ってるのか? そんなことなら、無理してでも、行っときゃよかったかな。話のタネになったしなあ。いまさら、悔やんでみせる梅宮。
「せっかくだから、後学のために。ノーパンしゃぶしゃぶは略して『パンしゃぶ』とも言うらしいよ」
「そうなんですか?」目をまん丸くして素直に驚くDT刑事に、
「そうそう。オレもねえ、種明かしすると、新聞の受け売りなんだよね」
「新聞の?」
「そう。だれあろう、かの、築地魚河岸真ん前にある大新聞社。そこの、たしか、朝刊だったかな。夕刊で出て、それで、翌朝、わざわざ、通人は縮めて、『パンしゃぶ』って言うんだって、ご丁寧に。たしか、そういう小見出しが付いていたように記憶してる。今度、時間があったら品川区のデータベースの備えてある区立図書館でも日比谷図書館でも行って調べてみるといいよ。きっと見つかるから」
「ありがとうございます」パンツを被りながらもけなげにお礼を述べる羽生に対して、
「そろそろ、それ、取ってもらってもいい」
「はいはい」素直に仮面を脱ぐ。
「ところで、それって、ホトケのだよね」
「あっ、すいません。ちゃんとたたんでしまっておきます」
「ま、それはいいんだけど、なにか収穫あった?」
「ええ、これを」
しゃがんで、手に取ってみせたのは、なんと、日の丸とカナダの国旗が二つ。
「あれ、ここにもあるのか。となると、やはり、五反田のレンタルルームの結城真由子、戸越銀座の木賃アパートのコンセプト嬢の有働明子、そして、この高輪台の高級賃貸マンションの川村朝子、すべて、つながるんじゃないのか?」
「点と線ですね。一本にするとつながります。国道一号線、または、都営浅草線高輪台駅~五反田駅~戸越駅というように」
「な~る」




