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城南事件帳 2

「社長をしております、谷渕元気と申します」そういって、深々と頭を下げた。「お勤め、ご苦労様でございます」公僕に対するねぎらいの言葉をかけることを忘れない。おそらく、人並み以上の処世術は身につけてきたのだろう。そうでなければ、ふつうの神経で、アダルトビデオの経営に乗り出そうとは思わない。

「単刀直入にお尋ねしたいんですが」きりっと引き締まった顔で、梅宮刑事が切り込み開始しようとするその時だった。

 ♪ピッピッピッ、ヒョピピ、ヒョピピ~~ ♪ まるで、任意の取り調べをあざ笑うかのようなふざけた電子音が会議室にこだました。おもわず、三者三様、虚空を見つめる。それもそのはず、待ち受けの音楽が『やるきのないダースベーダーのテーマ』だったからだ。

 まずいっ。上着のポケットからケータイを取り出し、着信を確かめたのは梅宮刑事だった。人に話を聞こうという矢先、もっともやってはいけない失態だった。後輩にも示しがつかない。捜査対象となる可能性のある相手に対しても、軽んじられるだけで、プラスなことはなにひとつない。

 相手はだれあろう、ツヤ子だった。もし、恵係長なら、ブチッと切ってしまえばよかった。いま聴取の最中です、といくらでも弁解できた。が、相手は、毎晩稽古をつけてくれる、というか、気合を掛けられる恐妻だ。ここで、ブチッと切ってしまうと、あとでなにをされるかわかったもんではない。この前はなんとか自作の焼きナスのおかげで事なきをえたが、どうせ今夜だって、寝室に二人っきりになったら、「あなた~っ♡」って猫なで声で強烈に求めてくるに違いないのだ。それを少しでも緩和させるには、カミさんの機嫌を損ねないのが肝要なのは自明の理である。

「ちょっと、申し訳ないんですが・・」結果、席を外してしまった。すると、好機到来とばかりに好奇心全開で羽生が代わって尋問することに。

「あの~、ひとつおききしますが、社長さん、この部屋って、例の『素人宅訪問』作品の冒頭に出てくる、AV女優とのインタビュールームですよね」あああ、聞いちゃった。

「えっ?」きつねにつままれたような顔で、言葉がでない谷渕氏。「あっ、刑事さん、ウチの作品をご覧になったこと、ある・・?」

「ええ、しょっちゅう、毎晩・・いやいやいや、たまに、っていうか、・・たしか、何年か前に見たような気がしないでもない、かな、と・・」

 なんかヘンだな、と思いつつも、刑事が質問するんだから逆らわない方が得策だと、いくつかの感情の入り混じった、いうなれば、馬上でフンをもらした家康のような面になりつつも、社長は「まあ、そうですよ。まさに、この部屋を使って撮影しています。刑事さん、お若いのに、よくご存じですね」

 お若いのに、よくご存じもないもんだ。若いからこそ、さかんに観賞するんじゃないのかな。二人の会話を世間様が見たら、なに言ってんのかしらね、この人たちはまったく、とけらけら笑われるだけだろう。それはさておき、

「私、結構、お宅の作品は、仕事上ですけどね、あくまでも仕事上なんですけど、チェックしてるんですよ。いろんな女優さんが出てますもんね。ほんとに、見飽きないって、いうと語弊がありますけど、ずっと見ていられるっていうのもちょっとチープな馬鹿な使えないタレントみたいでいやな感じですね・・なんて言ったらいいのかな」

「要は、ファンでいらっしゃると。Gタワーズの女優の」

「いやいやいや、決して、一人のファンというわけで・・」

「要するに、大勢好きな子がいると」

「いやいやいや、私は仕事柄、ネットも監視しなくちゃならないんですよ。だから、ある程度の知識を蓄えておかないと、仕事になりませんからね」

「なるほど。刑事さんというご職業も、いろいろと大変なんですね」

「恐れ入ります」ここで一段落したんだからやめておけばよさそうなものをどうにも未練がありありで、それゆえ、「AV女優って、どうやって集めているんですか?」

「刑事さんも、お好きですねえ」笑いをかみ殺している社長。

「いや、参考までに」

「参考ですか。そうですか。それじゃあ、仕方ないですねえ。たとえば、刑事さん、ご存じかな、ご覧になったかな? 刑事さんの趣味に合うかどうかわかりませんが、相崎みなみとか」

 相崎みなみとは、この有楽街からものの5分程度、島津山を登った高級住宅街にあるキリスト系女子大学出身のAV女優のことである。色白で、小柄で、日本人のカワイイ女の子っといった雰囲気。帰国子女で、英米文学を専攻し、卒業した時の写真を自らSNSにアップすることで、身元バレとなった。あっけらかんとした、今風といえば今風の娘なのかもしれない。いわずもがな、羽生刑事は大ファンだった。

「相崎みなみ⁉ 知ってますよ、もちろん。大ファンです・・いやいやいや、見たことはたしか、ありますよ」

「彼女なんかね、ウチのスカウトマンが1年掛けて、じっくり口説いたんです。適度にインターバルの期間を置いてね。心理学の知識を活用したりして」

 心理学の知識を悪用だろ。六本木のトイレ野郎かよ。世間様だったら、ふつう、そう突っ込みが入るところだ。が、ここでは、その反対に、

「ほぅ、心理学の知識を活用ですか。どうすれば、あんなカワイイ子をその気にさせることができるんでしょうか。ぜひとも、こういう機会ですから教えてきただきたい。いやいや、もちろん、その・・少女たちが非行に走らないようにという抑制策という面からの話ですけどね、もちろん」

「彼女の場合は、育ちもいい、おつむもいい、お金も、お洋服も、バックもなにもかも、親御さんが買ってくださるような裕福な家庭でしたからね。お金や物で釣るっていう方法ではなくて」

「なるほど、なるほど。じゃあ、どうやって、ものにしたんですか?」

「あのね、それには、なかなか用意周到な方法が・・」

 すると、ドアが開いて、

「あっ、お待たせしました。どうも、ウチの家内がうるさいことを言ってきましてね。始めようという時にすいません」頭に手をやりながら心底、ばつの悪そうな顔で梅宮が戻ってきたから、せっかくこれからだったのにと内心むかっ腹の後輩が

「ずいぶんと早かったですね。もっとゆっくりしてくればよかったのに」と思わず本音をポロリ。

「何? いま、なんて言った? それどういう意味だ、羽生君」

「いやいやいや、とにかく、取り調べ、開始しましょう」

 この言葉には今度、谷渕が反応した。

「これって、取り調べなんですか? 私は容疑者なんですか? 川村朝子殺害容疑の? 冗談じゃない。やってませんよ、私は」

「そうじゃないです。捜査協力です、あくまでも」梅宮も羽生に向けた怒りをおさえつつ、返答をすると、

「どういう意味だ? ずいぶんと早かったって? 声が聞こえてたぞ。ずいぶんとはしゃいだような、キミの声が。いつもと違って、一オクターブくらい高いから、すぐにわかったよ。どうせ、エッチな質問してたんじゃないのか? 趣味と実益を兼ねて」

 すると、羽生も負けじと、

「そんなことするわけないじゃないですかっ、この私が! 捜査上のことですよ。仕事ですよ、あくまでも」

「ほんと?」

「ほんとですよ、部下のこと、信じられなくなったら、おしまいですよ、もう」

 そんな二人を尻目に、谷渕社長はくっくっくっと顔を真っ赤にして下を向いていた。

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