城南事件帳 2
立ち飲み屋の、向かって右わきの急階段を上ってはすぐに右に折れ、そうかと思えば180度回れ右と、まるで迷路のような構造。が、2階の通路のガラス窓も向こう側には、ずいぶんと広々としたスペースのオフィスが広がっていた。それも、結構な清潔感に満ち溢れており、これがかの有名なエロビデオ会社かと刑事たちは目を疑った。
若干拍子抜けしながら、無人受付カウンターの電話を通じると、おおよそ、警察にはいないタイプの、だいぶ隙がありそうな感じの若い女性がやってきた。
用件を告げると、会議室へ通され、「少々お待ちください」と奥へ引っ込んでしまった。すると、今度は、それまで無口だった羽生が「梅宮さん、この会議室、私、知ってますよ」と急に色めきだった。梅宮からすれば、なんの変哲もない、白地の長細い事務机に、人数分のチェアー、さらに、観葉植物が置かれた、ごくごく普通の部屋だ。それと、窓の向こうは、向かい側のビルの壁、というなんとも殺風景なかんじ。それなのに、どういうわけか、後輩刑事はソワソワ、ドキドキ、ワクワクしはじめた。『ファーストデイト(岡田有希子)』のように。
「この部屋、AVの、お宅訪問シリーズの冒頭で、必ず女優にインタビューしてるんですけど、その冒頭のシーンで使われるインタビュールームですよ」
「そうなの?」
お宅訪問シリーズ、というのは、羽生がお気に入りのAVジャンルのひとつで、女優のファンである素人宅数軒をはしごして、致す様子を複数方向のカメラで撮影するという、ドキュメンタリー方式のエロ動画である。このシリーズの肝は、出演する素人と称する男優たちと見ている自分とを重ね合わせられることである。これを単なる作り物、と冷めた目で見てしまうと成り立たない。あくまで、これはAV女優が、応募してきた素人のなかから厳選して3,4人の現住所に押しかけて、イイ事をするんだ、と己に言い聞かせ、ある程度の雑念を振りほどいて、映像に没入することで、快感を得られるしくみになっている。よって、あまり、斜に構えて物事を捉えるのは奨励されない。
「じゃあ、いまの、なんだか、けだるそうな、髪の長い女性はだれだかわかる?」
「ええ、それも言いたかったんですけど。見たことあるような気もするし・・ 実際、こういう会社ですからね、そういう垣根って、どこでもドアと同じで行ったり来たり、案外自由でしょうから」
「そ、そういうもんなの?」
「そういうもんですよ。だって、タイトルで、現役社員がどうのこうの、っていうのありますからね、実際。ここかどうかちょっと定かではありませんが、たとえば、中野あたりにあるAV制作会社なんて、たしかそういうの、出していたと記憶しています」
さすが、だてに、毎晩目を皿のようにしてパソコン画面を注視しているわけじゃない。努力は嘘をつかない、とはこのことだ。梅宮は感心していた。
「で、彼女の名前はわからない?」
「う~ん、それが、ちょっと・・」
ここで、ドアが開いた。アメリカのIT大手のCEOよろしく、丸首シャツにジャケットを羽織った茶髪頭の中年男が姿を現した。やはり、それなりの雰囲気を身にまとっていた。ずるい目をしていた。どこかのお姫様と一緒になった男のような、そんなずるい目だった。




