城南事件帳 2
廊下に飛び出した二人だったが、今日は、まだ梅雨だというのに、ここ二日ほど(6月25日、26日)、東京は最高気温が30度を超えた。暑くて外に行く気も失せるというものだ。
「ちょっと」と羽生を引っ張っていったのは、和式トイレだった。「ここなら誰にも邪魔されないよ」そう、はにかみながらドアを閉じる梅宮だった。
不良の中学生かい? 独り飯の大学生かい? 和式トイレを間に挟んで大の男が向かい合う構図というものは、あまりみてくれのいいものではなかった。が、たしかに、これなら秘密を守れるだろうし、なにかとうるさい恵係長の目にとまることもないだろう。しばしの我慢だ、と羽生も自分に言い聞かせた。
「毎朝すれ違う羽生君の結城真由子も、秋葉原から五反田の姉妹店へ移ったコンカフェ嬢、ラムちゃんこと有働明子も、ともに、ガイジンと関係がありそうだとわかった。結城真由子については、私が、同僚のOLに裏取りしたしね。有働明子については、お隣の荏原署からの報告で、やはり、英会話と白人男とに興味があるっていう証言が、五反田コンカフェの従業員から説明があったという」
「となると、これは同一犯の、しかも、白人男による可能性が俄然高まりましたね」
「そのようだな。それと、死因なんだけど、会議であの茶髪のちんちくりんが言っていたように結城は薬物によるものとわかった。さらに、いま、調査中なんだけど、どうやら、有働のほうも、その線が強そうなんだ。首に絞殺された後は残っている。しかし、薬物反応も出ているというんだよ。さらには、2人の膣内から別の人間の精液も検出された」
「となると、俗にいう、『キメセク』の可能性がありますね」
あまり、聞きなれない言葉だ。いやな言葉だ。耳障りも極めて良くない。不快だ。キメセクなんて。しかし、六本木や渋谷や新宿あたりに夜な夜な足しげく通っている連中にはどうやら当たり前の用語のようである。要は薬物セックス、「キマっている」状態で性行為に及ぶこと。市井には、芸能人の押尾学によるホステスの保護責任者遺棄致死罪で一気に知れ渡った。それにしても、押尾学とはよく言ったものである。ネットによればどうやら本名であるらしい。麻薬取締法にももちろん違反して逮捕服役している。どう贔屓目に見積もっても、学んではいないだろう。学んでいるなら少なくとも薬物など禁制品といわれるものには手を出さないのが当たり前だ。改名をお勧めしたい。押尾学改め「押尾不勉強」と。
ふたりのホトケの共通点、「英語・ガイジン・薬物セックス」を確認したところで、扉を開けた。すると、またもや、恵係長の姿が。用足しにトイレに入ってきたところを鉢合わせになると、
「まだいたの? てっ、いま、同じ箱から出てこなかった・・? どういうこと?」
「いやいやいや、係長。それはないですよ。同じ箱なはずないでしょう。たんなる連れションですよ」
それでも、係長は、なんだかヘンだなという不審感を顔にあらわにしたまま。貧相なのがますます貧相になって、そのうち、浅草上野あたりをリヤカーでも引っ張って歩いたほうが似合っているといった感じ。
「あっ、そうそう、いま、連絡入ったんだけど、品川ふ頭にある出入国管理事務所前の路上に停めた車内で、モデルの女の遺体が発見されたぞ。ホトケの名前は、川村朝子。死因は一酸化炭素中毒で、助手席の足元に練炭が発見された。自殺とも思われるが、慎重に捜査を今進めているんだ」
「かわむら・・?」そう呟くと首を傾げる羽生に、
「どうした? なんか、思い当たる節でも?」
「ええ、ひょっとすると、数日前に・・」
まさか、秋葉原の神田明神下ビックカメラ内マクドナルド2Fでナンパしたとも言えず、必死に記憶をたどる若手DT刑事。
あれっ、やっぱりそうだったかな。なんかそんな名前だったような。
「ちょっと失礼します」とカバンからタブレットを取り出して検索を掛けると、出てきた画像は間違いなく、先日、声を掛けた、ウーバーイーツの仕事中だったモデルの彼女だった。
「ええと、なんて言えばいいのかな・・」言い出しにくそうな雰囲気の後輩に、梅宮が、
「ひと先ず出よう。トイレ会議ってのも、どうかと思いますから」
「それはそうだよね」と茶髪も同意し、3人とも、すでにからっぽの刑事部屋へ戻る。




