表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/89

城南事件帳 2

 梅宮はデスクに戻ると、電話を一本掛けた。

「あっ、越中島スポーツさん? 警視庁大崎署刑事課の梅宮と申しますが、ネット記事のことでお聞きしたいんです。よろしいですか?」

 羽生が教えてくれた『大手ゼネコンOL死体発見 連れの男は外国人か?』という見出しの記事についての確認をしたかったのだ。

「もしもし、お待たせしました。私が記事を書きました日高と申します。なにか?」

「いえ、実は、あの事件を担当しているんですが、どこでガイジンといち早く情報をお取りになられたのかと思いまして」

「・・」

 相手の記者は口ごもってしまった。

「もしもし? どうかなさいました?」

「いや~ぁ・・ネタ元をお知りになりたいと、こういうことですか? 刑事さん」

「あっ、もちろん、プライバシーの保護の観点から、マスコミのみなさんは秘匿することは重々存じております。ですが、事が事ですので。若い女性が一人亡くなっているわけですから」

 梅宮も、日本橋宝町の朝日建設そばの路上で、ホトケの同僚OLから「最近、マッチングアプリで、白人と知り合いになった」と聞かされていた。その信憑性を測りたかったのだ。

「刑事さん、どうしても、知りたいですか?」

 なんだか、電話口で、へんな感じになってきた。相手の姿は見えないが、なんだか、働き盛りのおっさんが、体をくねらせはじめたようだ。

「ええ、できれば」梅宮はあくまでも、自然体で受け答えを続ける。

「あんまり、大きな声ではいいたくないんですよ」なんだか、日高と名乗る新聞記者は、いかにも気のすすまないといったふうである。もちろん、わかっているのだ。梅宮も。


 取材源の秘匿。取材に際しての情報源である人物を特定しうる情報を他に漏らさないこと。ジャーナリストの義務あるいは権利で、ジャーナリストの最高の倫理の1つとされる。これは、情報源との信頼関係を保護すると同時に、情報源を萎縮させずにさまざまな情報を取材し国民に伝達していく上で不可欠である。米国では、いわゆるシールド法(shield law)によって取材源の秘匿を保護している州も多いが、連邦レベルでは認められておらず、2005年7月に、CIA情報員の身元をメディアに漏らした政府高官の氏名の証言を拒否したニューヨーク・タイムズ紙の記者が、法廷侮辱罪で収監された。この事件は、取材源の秘匿権を定める連邦法の必要性の議論を巻き起こした。日本では制度上明示的には認められておらず、公正な裁判の実現が優先されることも少なくないが、憲法上、取材の自由の一環として保護されるべきであるとする議論もあり、捜査や裁判に必要な証拠が他の手段で得られる場合には取材源の秘匿をある程度尊重する判例や実務が見られる。06年には、米国健康食品会社の日本法人に対する課税処分報道をめぐり、NHK記者や読売新聞記者が情報源についての証言を拒絶したケースで、東京高裁は、民事訴訟法上定められた「職業の秘密」として保護される余地を認める決定を行った。ーーー 浜田純一東京大学教授(2007年)(以上、すべてコトバンクのコピペ。ご参照のほど)


「それじゃあ、刑事さん、他言しないって、約束してもらえます?」電話口の記者は、案外、あっさりと了承してくれそうである。

「も、もちろんです。ご協力ありがとうございます」きっと、拒否されるだけだろうなと踏んでいたから、渡りに船だった。「で、どちらから?」

「どちらでもありません」

 梅宮は耳を疑った。どちらでもない!? お呼びでない? こりゃまた失礼いたしましたっ! 

 なるほど、ふざけたんだな、この男は。からかったんだな、オレのことを。協力してくれるっていうから期待したのに、バカにされて終わりってことか? 警察、なめんなよ。

「こっちは、事件を扱っているんですよ。鉛筆をさらさらと走らせて済むような楽な商売じゃないんです」半分切れ気味である。「今日も必死に、足を棒にして歩いて、犯人検挙に向けて務めたんですよ、我々警察は。そのところ、ご理解いただけませんかっ!」

「ですから、どちらでもない、と申し上げているではありませんか?」

 わからない。どちらでもない、とは、教えない、という拒否の意味であるはずだ。梅宮はやっぱり、納得いかなかった。

「いいですかっ! お宅のように餃子やビールを副業で売り出せばいいというのとはちがうんですよ、こちらは。刑法の殺人罪がかかってるんです。わかってるんですか?」

「ですから・・」そこで、電話向こうの記者は一呼吸置いたらしく、胸いっぱいに深呼吸をすると、「ネタは、ないんです。創ったんです、私が」

 なんだそれ。

「じゃあ、ちょっと待って。えっ、ガイジンって嘘なんですか?」若干拍子抜けをくらった刑事に、

「いや、うそっていうわけでは」と記者はとりあえず一回、否定してみせつつ、「そうしう雰囲気とでもいいましょうかね」

 なんだ、そういう雰囲気って? 雰囲気で記事書くなよっ! なんだか、こっちがバカみたいだな。

「じゃあ、日高さん、なんですか、要は、裏取りもなにもなく、思いつきで見出しをつけた、とこういうことですか? 『落合家、チンポ丸出し』的な」

 すると、記者は、「いや、そこまで、安易ではないんですが」と前置きしながら、語り始めた。

 なんでも、ホトケが発見された日、規制線が張られたレンタルルームの隣の立ち飲み屋では、いつもどおり、会社帰りのサラリーマンが酒を飲み始めていたというのだ。日高はビルの前でパトロール中の警察官たちに捜査状況を尋ねてはみたものの、「まだ捜査中なので」とまったくのけんもほろろ状態。まあ、こんなのは日常茶飯事だから、とベクトルを変えて、目撃者探しに移ったのだ。それが、隣の立ち飲み屋。

 カウンター内で注文に忙殺されていた板前になんとか接触してみると、たしかに、いままで見たことのない美人が、フードを被り、マスクをした同じような背丈の男と一緒に、おそらくは隣のビルに消えたらしい、とわかった。板前いわく、その男が、もしかしたら犯人なんじゃないのか、と。残念ながら顔はまったくわからなかった。しかし、記憶に残っているのは、カップルが交わしていた言葉が日本語ではなく、英語だったこと。それも、その英語はアメリカなど北米系のものであること。少なくとも、英国人が話す、耳障り的に堅い感じではなかったというのだ。

 なぜ、英語についてそこまでわかったのかといえば、その男の板前は、以前、ワーホリでカナダのバンクーバーに1年ほど語学留学したことがあったから。もともと、ロックバンドを学生時代に仲間と組んで、80年代のシカゴやビリージョエルをコピーしていたから、ある程度、耳には自信があったのだという。また、オーストラリア人の話すアクセントとも違う、とそこまで聞き分ける能力を持っていたのだ。

「なるほど。ということは、その板前さんの感触で、『ガイジン』と打ったわけですか」

「ええ、そうなんですよ」

 この記者は、どうやら、板前氏の英語能力をあまり評価していないらしかった。それゆえ、『創造で』と言い訳をしたようだ。そんなこと、しなくたっていいのに。いまは、みんな、戦後の日本人は、義務教育で英語の勉強をして、個人差はあるけれど、みなそれぞれ海外旅行、とくに、欧米諸国、英語使用国家に出かけているではないか。だとするなら、よっぽど、新聞社独自の宇宙人ネタ、下ネタよりも、はるかに板前さんのほうが信憑性があるではないか、と逆に心強く感じた梅宮だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ