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城南事件帳 2

 朝9時のミーティングが始まった。いつものように茶髪でちんちくりん、無教養が顔から体全体からダダ洩れ、当然のことながら話がまったく面白くない男、恵三四郎係長が、まず第一声、「科捜研の報告によれば、先日のレンタルルームスリープでの女性の死因は絞殺ではない、薬物中毒だ、と判明しました」

 ええっ!! 会議室がどよめいた。野郎どもの声で。

「ちょっと待ってくださいよ、係長。たしかに、首を絞められたあとが赤く残ってましたよ。私はこの目で間違いなく確認したんです。何回となく、何度も」やるせない気持ちが抑えられない。それはそうだろう、片思い、いや、ひょっとすると、両想いになりそうだった女性が自分が管轄する西五反田1丁目の雑居ビルの一室で殺されたのだから。係長に喰ってかかった羽生刑事の心の内を、居合わせた同僚たちはだれしもが推し量った。

「なんの薬物ですか?」今度は梅宮が冷静にたずねた。

「大麻だ」    

今度は、ああ~っ、というため息が誰ということなくすべての刑事たちの口から洩れた。みんな、いやなのだ。自分の管内から殺人事件なんてほんとうなら起きてほしくないのだ。そりゃあ、刑事として、手柄はたてたい。どこの社会も出世社会だから、先輩同僚仲間を押しのけて上に上がりたくないといえば、うそだ。偉くなりたい。金も地位も名誉も欲しい。それだけど、一警察官として、平和な社会を望みたい。

 羽生もそうだった。幼稚園の卒園文集には、将来の夢として、「けいさつかんになりたい」と書いた。なって、どうするのか? するべきこともしっかり決めていた。「わるいやつをつかまえるんだ」と。だけど、やっぱり、おだやかに暮らせる社会であることに越したことはない。正直にいうなら、警察官が活躍しない世界が理想的なんだと。

「今度のホトケは、戸越2丁目のアパート住まいだったっていうから、梅宮刑事、近くじゃない、ご自宅が」 

 えっ、そうだけど、なにか関係あるの? 自宅が近いからって、いちいち会議で様子を聞こうとするその姿勢に、梅宮は上司の恵係長に対して相変わらずのずれっぷりを見る思いがする。

「どのへん? 現場は」

 なんだそれ? おいおい、曲がりなりにもプロだろ。人に聞くなよ。

「戸越銀座温泉の前の坂を上がったところです。昨年末に紅白出場したミュージシャンSharの実家の並びです」

 腹のなかではふざけんな、と息まいているくせに、地元のこととなると一言言いたくなってしまうのだから、梅宮もなかなか難しい性格のようであ~る。

「ああ、あの、『悩ましいほど気絶する』の、天才ギタリストだよね。見た見た、オレも。よかったよね。ナザンオールストアーズの桑田、スパイの中野学校近くでとれた佐野、などの、往年のスターの同窓会コラボを」

 Sharの実家はもともと竹本耳鼻科だったところだ。母親がえばった女医だった。梅宮は地元の宮前小学校に毎朝、通学路であるこの医院の前を通って通学した。それだけではない。毎年の学校検診で、必ずこの女医が出てくる。この女医の乱暴なことったらない。言葉遣いもそうだが、児童を児童などとは扱わない。食用の豚や鳥ぐらいとしか認識していなかったのだろう。

 小学校低学年の頃、梅宮がいつものように家の真ん前の「ぶんちゃん球場」で野球の試合を終えて帰宅した時のこと。家の前に野球場があるといっても、立派なスタジアムがあるわけでも、原っぱがあるわけでもなかった。それは、反対側の住民との距離がたったの4メートルの、区道上でのプラスチックバットとゴムボールを使った、近所の友達2,3人による、草野球ともいえない、アスファルト上のボール遊びにすぎなかった。玄関を出たすぐのところに、水道局のマンホールが設置されているのを奇禍として文太は、ここをホームベースに決めた。道路は南北に走っており、ホームベースから北側を第一球場、南側を第二球場と名づけた。第一第二ともに、他のベースはどうするか? それはその当時の男の子たちならわかるように、チョークを使って、一塁三塁ベースを書くのだ。どこに? 道路わきの側溝の上のコンクリに。それじゃ、2塁は? 2塁は、結構、ホームベースからざっと離れた10メートルくらいの、道の真ん中に確保する。よって、この4つをもし線で結ぶなら、かなり平たく潰れたパンタグラフのようになってしまう。なにせ、1・3塁間は4メートルしかない。それとホームと2塁の間はともに、ピタゴラスの定理を使えば・・・ 5メートルちょっと、と出るはず。まあ、試合は十分になりたつのだ。小学校低学年中学年の野球少年たちにとっては。

 たとえば、相手チームが同じ町会の中川くんひとりしかいなかったにせよ、こっちは文太ひとりだったにせよ、つまり、一対一で、それぞれプロ野球チーム一球団を背負っているにせよ。もちろんなかなか大変だ。キャッチャーがいないから、ボールを投げても空振りしたら自分でそのボールを拾いにいかなくちゃならない。それもおっさんになった今からすれば、よくやったもんだよな、つくづく子供のころってパワー違うよね、と驚きあきれるばかりなのだ。仮に、ヒットを打ったとすれば、1塁にランナーを置かなければいけないけれど、もちろん、コロナ後の旅行業界よろしく、人手不足だから、こっちは「透明ランナー」に活躍してもらうことになる。透明ランナーが1,2,3塁すべてにいて、満塁ってことだってある。ピッチャーだってそうだ。調子が悪くなれば、別の二番手を出してきたりして、例えば、自分のチームが大洋ホエールズなら、現実ではありえないが、広島東洋カープの北別府を使ったり、中日の燃える男・星野を使ったり、自在にできる。いうなれば、パソコンもスマホもないなかで、十二分に頭を働かせることにより、こどもたちはバーチャルの世界を創り出していたといえるだろう。

 そんな楽しい時間を終えて、ホームベースの目の前の自宅に戻った文太だったが、どういうわけか、耳が痛い。母親がそれじゃあ、と文太の耳掃除をしようと綿棒を突っ込んだところ、「痛いっ!」と激痛が。さすがに、息子のあまりの叫びに、母親もこれじゃだめだ、と連れて行ったのが、近所の竹本耳鼻科医院。廊下兼待合室は近所の人たちでごった返していた。耳鼻科があまり存在しないことと、戸越の人口が結構多いことと両方が原因だったのだろう。20分くらい経ったろうか、やっと順番が回ってきて、診察室で診察が始まって、女医先生の開口一番、

「耳垢が詰まってんじゃないのっ! こんなにまで放っておいて、親はなにやってるのっ! これじゃ、一回じゃ取り切れないわよ」

 薄い扉一枚ゆえ、待合室にも響き渡った。文太の母親は、「すいません、すいません」とひたあやまりするしかなかったのだ。

 ま、なんとか、この女医先生のおかげで、耳垢は取れて、痛みもなくなって、一件落着となったのだが、この女医さん、人間だれしもそうだが、他人には厳しくても自分のせがれにはめっぽう甘い。これからさかのぼること、数年。歌が売れ、テレビのCMにも出て、女の子のファンもキャーキャー言うほどの人気上昇中のSharに、薬物疑惑が持ちあがった。

 文太が朝、中川君と通学するため、戸越銀座温泉の前をすぎ、坂を上り始めると、なにやら得体のしれない感じの男たちが10人くらい、耳鼻科の前で張っているではないか。こどもでも、「おかしい!?」と異変にきづくほどであった。

 だって、いままでの人生で、見たことのない感じの、なんだか、いやらしい感じの20代から30代くらいのジーンズを穿いた男たちばかりだったのであるから。ふつう、日本の成人男性は、文太の父親同様、朝、ワイシャツにネクタイに背広上下というキチっとした格好で、母親のほっぺにチュッ! を受けて、出かけるのが、由緒正しきサラリーマン生活だったはずだ。それなのに、いま、文太たちの目の前にいる男たちは、朝8時ちょっとすぎなのに、住宅地の幅4メートルあるかないかくらいの狭い道に左側車を停めたり、耳鼻科の反対側のがけに体を持たれかけて、たばこをのんでいたり、男のくせに髪がカールした長髪だったり、第一、顔がなんとなくニヤけているやつらだったり。大人になって以降のマスコミ連中のイメージは、この時、つくられたのだろう。文太にとっての、とくに雑誌メディアのやつらは、みな、いけすかない、隙あらば、女をだまして可愛がってるんじゃないかっていう、そんな男の風上にも置けないやつら、という固定観念ができあがったのは。



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