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城南事件帳 2

「私はてっきり・・いけねぇっ」余計な一言を口走りそうになったところで、

「わかりますよ、お気持ちは。どう考えたって、普通の神経ではできない、そう思って当然です。でも、私の口利きが効を奏して、『離婚危機から救われました』『有難うございます』『人生を出直すことができてます』『いま、とっても、家族こどもたち含めて幸せです』多くのクライアントのみなさんから感謝のことばを頂くんです」

「あっ」思わず羽生は声を上げた。クライアントっていうんだ。へえ、そうなんだ。やっぱりちょっと違和感はこの段階だからぬぐえなかった。いや、この先もひょっとすると、ぬぐえないかもしれないな。そういう予感が心の奥底を支配したのをいかんともしがたかった。あっしは古い人間なのかもしれませんぜ。そう、お腹の底でつぶやいた。昨日、BSで観たチャンバラ時代劇に感化されたにちがいなかった。

「となると、当然、押すな押すなの大繁盛、いやいや、大反響だったんじゃないでしょうか」

「いやいや。いくら離婚が多いとは言っても、やっぱりこういう手段に訴える方というのはよほど腹を括らないとできませんからね。少なくとも、その時点においては、法律上も、まあ体も心もまだ男と女として繋がっているわけですから、それを第三者の男性の身に委ねさせるというのは生半可な覚悟がないとできない相談だと思いますよ」

 そりゃそうだ。DT刑事に異論はなかった。とはいえ、いままで見知った情報とはちょっと違うんじゃないですか、あまりにキレイごとに終始してませんか、と説明が生煮えだなとのかんじを抑えきれなかった。だから、羽生は、ここ数年の、彼自身の関心というか、たんなる興味本位から、あるじに意見してみた。

「それですが、私の知ってる限り、2014年の年末に文春が気象予報士同士の不倫を報じて以降、NTRという言葉とともに、他人〇という非常にスリリングな耳障りの新語が世間に普及したように記憶しています。つまりは、ご主人のいわれるのももっともだと思います。離婚の危機を回避するため、一肌脱いだのだ、と。一時期、夫婦をショック療法的に離れさせる、いうなれば、昨今の、『別れさせ屋』的な手法ですよね」

「あれとはちょっと違いますけどね」すぐに否定が入ったものだから、

「もちろん、もちろん。あれとは全然違いますよ」公務員的にきっぱり撤回した。へたなことを言うと、ネットで晒し物にされて、職場を首になったらたまらない。いま、そういう出来事が多発しているから、羽生も神経質になっていた。

「昨日2023年6月27日(火)の朝日新聞朝刊東京欄の一番下のベタ記事で、『別れさせ屋に空き巣を依頼か』とありましたけど、もちろん、あれとは違います。あれはこともあろうに渋谷区広尾5丁目の寺の住職が、ありていに言えば、クソ坊主が、探偵事務所アルバイトと共謀して、こともあろうに人の奥さんを横取りしようと画策して、前にプレゼントしたバックをわざわざ世田谷の夫婦宅に侵入して、バックを取り戻したって話ですよね。そのついでに、現金も312万円ほど失敬してきたっていうんだから、なにおかいわんや、ですよね。とんでもねえ野郎ですよね、あのクソ坊主は、まったく」

「お知り合いですか? ずいぶん、なんか、口ぶりから察するに・・」

「いやいや、知り合いではないですけど、なんだか、テレビニュースで出てきた動画では、本人が移送されるとき、しっかり顔を下向けて、顔をわからないようにしてたりしたんで、頭きたんですよ。なにもかもわかってるんだったら、こんなバカな真似すんなよ、と。だって、47歳ですよ、この坊主、屏風に上手に自分の絵を描ける歳でしょう、もう十分に、この年齢なら。いっぽう、バイトは33歳。こいつもこいつですよ、まったく。なんなんだよ、この別れさせ屋って。泥棒じゃねえか」

「あの、いいですか?」一方的にかっかする刑事を冷めた目で見ていた古本屋のあるじが、軽く頭を冷まさせるべく、バケツの水をぶっかけた。

「あっ、大変失礼しました」そう言われて、はっと我に返る羽生。「あれっ、いったい、なんの話、してましたっけ?」

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