城南事件帳 2
「お茶は、これ、知覧茶なんですよ」
自分が一時でももてなした客に、センス良く思ってもらえることはだれしもうれしい。スーパーやコンビニで買った御菓子やお茶もいいだろう。普段使いには上等だし、それで十分だ。しかし、かりにも、お客が来たなら、それも、詐欺的な飛び込みのセールスマンややくざなどではなく、ちゃんと身分のしっかりとしたしかるべき人が相手なら、こっちだって、それなりの応対をするべきだ、と考えるのが昔からの日本人の作法・礼儀というものだろう。
だから、あるじは、普段は85G1000円くらい、いや、それならまだましかもしれない。スーパーの100G1000円以下のお茶を普段ガブガブ水代わりに飲んでいたって、こういうときは、ちゃんと日本橋の老舗デパートの、あるいは、室町あたりの海苔屋のそれなりのお茶、買い求めておいたなかでも一番高い85G~100G 1500円~2000円のものを煎れることにしている。この時もそうだ。
知覧茶は鹿児島の、昔、特攻隊が最後の別れと飛び立っていった飛行場があった地域で作られた茶葉である。九州は気候が温暖なせいか、おいしいお茶が育つ。とくに冷やした水でお茶を入れ、さらにそれを冷蔵庫でもう一回冷やしておくと、それはそれは甘い、とろとろとした、シャーベットかと思うような、別世界の味覚を楽しむことができる。もちろん、冷蔵庫から取り出したエキスを二度、三度と入れ替える必要はあるが。そうやって、よくデパートの店員さんが入れてくれるのと同じやり方で出すと、ほんとうにおいしい。酒を飲む人たちは酒についてのうんちくを傾けるのが好きなようだが、下戸の、城南の古本屋のあるじのような人間にとっては、お茶について、ひとしきり喜びを語り合うのが、結構な人生の楽しみだったりするのだ。
「冷たいと、たしかに甘い。まろやかなゼリーっていうのかな、高級デザートって感じですね」
「そうでしょう、ほんとそうなんですよ。よかった、こんなに、お茶が好きな刑事さんが近くにいらして。私も、お茶が好きなもんで。だけど、なかなか、お茶の話をできる相手がいないんですよね、だから今日はとっても楽しかった。また、どうぞお寄りください。おいしいお茶を煎れて待ってますんで。それでは失礼します」とあるじはお盆を持ってみこしを上げようとするから、
「いやいや、ちょっと待ってください。私は今日お伺いしたのは、お茶はもちろん、おいしいお茶は大好きなんです。うちも、母親は築地の海苔屋から電話一本で郵送してもらったりしています。やっぱり鹿児島あたりのものですから、おそらく、ご主人のと同じかもしれません。ただ、今日はお茶お茶菓子談義ではなくて、ご主人の、なんといえばいいんでしょうか。要は、その・・」
目の前の若い刑事が急に奥歯にものが挟まったように、もじもじと身もだえしはじめものだから、あっ、と察したあるじは、
「裏稼業の件で」と助け舟を出してやった。
すると、若い刑事はほっと胸をなでおろした。これでやっと本題に入れる、と。
「そうなんです、お宅、人材派遣業も営んでらっしゃるんですよね」




