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城南事件帳 2

大崎署に戻るべく六本木から地下鉄で都営浅草線五反田駅に到着した羽生だったが、なにを思ったか、ふと寄り道をしたくなり、署の方向とは違う銀座日本橋方面の改札を抜け、A5出口から地上へ上がった。ここは、JR五反田駅ホームからすると、駅前ロータリーを挟んで、かなり距離のある場所となる。ただ、訳知りの男どもなら、ここが有楽街に最も近い出口となるから、利用する輩も少なくないはずだ。

 すぐ脇はウェンディーズ・ファーストキッチン 五反田東口店が見える。この店、前はファーストキッチンだけだったような気がするのだが、いつのまに、ウェンディーズが前にくっついたのだろうか。まるで、四谷大塚進学教室、三井住友銀行、森・濱田松本法律事務所みたいだな。なんなんだよ。我先に、オレがオレが、と肘で突っつき合ってるみたいで、あまり見栄えのいい名前ではないような気もするし、西村あさひ法律事務所なんて、逆に、そんなタレントさん、最近、情報番組にも、車買取のCMにも出てそうだな、という気になったり。

 すると、「五反田」「有楽街」と二つ別々の看板兼ガードが見えてくる。もし、首を曲げて上を確かめるならば。そこからが本番だ。いやいやいやいや。いけない、いけない。悪さへの道、と言い換えておこう。セブンイレブンが左角にあり、それを横目に見つつ進むと、同じ側に、今度は女性が2人、足元まである黒い上っ張りを着てビルの縁に立ち、勧誘しているではないか。なんですか、と聞けば、「ガールズバーです♡」と可愛く答えてくれるはずだ。前は、お尻のようなおっぱいをこれみよがしに晒して、道行くサラリーマンどもを悩殺してくれていたのだが、ボーイだか支配人あたりから注意でも入ったのだろうか。

「だいたい、酔客どもは、お金も払わず、おっぱいただ見するだけだから、ちょっとこれ、羽織って」と。それで、直に、肌を晒すことをやめたのかもしれない。詳細はさだかではない。そのビルの4Fは、ガールズバーなんて生易しいもんじゃない、安価で過激なサービスが売り、五反田といえばといってもいい種類のお店ピンクサロンが入居している。

 さらに進むと、左角には安売りのドンキ・ホーテが。その辺が、有楽街のメッカ・最も繁華な地区と言っていい。通りを隔てて真向かいに先日潰れてしまった果物屋があり、その隣に、モルタル二階家で、商売をしているんだかしてないんだかわからない、ひっそりとした古本屋「五反田書店」があった。

 五反田には、ここを含めて合計3軒だけである。本屋さんは。一つは有楽街の西北側の島津山書店。もうひとつは、駅前東急プラザに入る新刊本を扱うお店。そしてここ。この店は、あくまで古本屋である。店の前のワゴンに乗っている本は一冊50円、100円の類である。これでよく飯が食っていけるもんだな、と何も知らない客たちや日が浅い風俗店従業員たちは軽蔑の眼差しを店にくれて去っていくのが常だ。しかし、そんな風にばかにしたもんじゃない。もし、そんなお馬鹿さんなら、こんな生き馬の目を抜く東京の、しかも、柄の悪い連中の巣窟である有楽街でご飯を食べていけるはずがない。

 もう、周りは客引きだらけである。

「隊長、今日はなんのお遊びですか」

「よかったら、話だけでも聞いてもらえませんか」

「おっぱいですか? 抜きですか?」

 身も蓋もあったもんじゃない。そんなやつらを振り切り、羽生はアルミサッシの扉をがらがらと横に開いては、畳10畳あるかないかの小さな店内に潜り込んだ。

「こんばんは」

 店に、オヤジはいなかった。

「こんばんは~っ」もう少し大きな声で呼びかけてみた。すると、店の奥のガラス 戸に人影が映ったと思ったら、なかから、先日会ったのと同じ、体も頭も、なにもかも小柄で、顔もしわくちゃ、白髪あたまの、まるで和製ヨーダのような珍獣が姿を現した。

「はい、いらっしゃい」

 出てきたはいいが、オヤジはかなり匂う。煙草を奥の座敷でふかしていたらしい。体に悪いなこりゃあ。羽生は来るんじゃなかった、と後悔したが、まあいい、すぐに済むんだ、とぐっと堪えて、鼻孔をつんざくニコチンと対峙した。


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