城南事件帳 2
「ジョン・マッコイさん、ですよね」ネットのリンキドインなどで顔写真が出ていたから、羽生はすぐに本人を判明できた。英語で話しかけたのだが、おそらく、止まり木に座っている後ろから声をかけたものだから、さすがにご本人、ドキッとして、恐る恐る振り返った。
「そうですが」
「以前、オタクのライフカルチャー欄にインタビュー記事を10回ほど書いた羽生大也と申します。あなたの前の編集者ポール・スミスさんがご担当だった時です」
「ああ、もちろん。あなたのことを存じていますよ」
きっと、社交辞令だろう。白人にありがちだ。挨拶はこの辺にして、本題に入ることにする。羽生はカバンからスマホを取り出し、映し出された画面をそのままジョン・マッコイの顔の真正面30センチの距離に突き付けた。さすがに、ご本人はぎょっとした。が、瞬間に、その動揺を書き消すかのような冷静な表情を作った。これは刑事としての感触だが、あくまでも冷静に努めたふうに見えた。その前は、間違いなく、両目の眼球が動いた。それはおそらく、いきなりスマホを突き付けられたため、というだけではなく、画像に映し出されている、ホトケの結城真由子を知っていたという意味での、動揺であろう。羽生はそう確信した。
「この女性、実は、五反田のとある場所で遺体で発見されたんです。今朝」
マッコイは黙って羽生の説明を聞いていた。目はなにかに吸い寄せられるかのように、羽生の目を凝視していた。いや、それはまるで、自分が事件とは一切関わりがないとのアリバイを作るがための策なのかもしれない。そんなふうに勘繰りたくなるくらい、異様なまでの目力を持って、羽生を直視し続けたのだ。
「はあ。それが、なにか?」
「実は、彼女、カナダ人の編集者の彼氏が最近できたっていうんですよ」
「ほう。それで」
「お宅は知っての通り、老舗の英字新聞。カナダ人の編集者が働いているマスコミって、東京近県でかなり絞られると思うんですよ」
「それで?」
「あなた、プロなんですから、どこか、心当たりありませんか?」
「さあ、残念ながら」
「お友達で、いらっしゃいません? あなたと同郷のカナダ人の編集者って」
「いやあ、聞いたことないですね」
「そうですか・・それは、大変失礼いたしました」
彼ら白人たちは何年日本にお世話になっても、世話になるという感覚すら抱かないやつがほとんどだ。したがって、ちょっとした日本人の作法すら学ぼうとしない。お辞儀すらまともにできない。できないどころか、しないのだ。日本語を学ぶなんてことはなおのこと、先の先の遥かかなたの銀河系のはずれの話になってしまう。
日本人として、恥ずかしくないように、羽生は一礼をして、マッコイと別れた。マッコイは、ただ、ああっ、というため息とも相づちとも判断つかない、言葉にならない吐息だけを返しただけだった。公立中学校でのALT(Assistant Language Teacher外国語指導助手)として初来日し、1年間働いただけで、これ幸いとヨコハマ・トリビューンに席が見つかり、さっと移動し、それで日本語とおさらばしたのか、はじめっから腰かけだから言葉など学ぶ必要がないと考えたのか、15年以上滞在するにもかかわらず、一度も日本語で話をしたいなど思わなかった。そんな男が、日本人ならだれしも知っている、海外の香りが漂う英字新聞で、編集者としてでかいツラをしていられるのである。笑いが止まらないであろう。




