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城南事件帳 2

「大森美佐かあ、彼女かあ」梅宮刑事はすっかりスケベおやじの様相で、目を皿のようにして、パソコンに映し出された、人気女子アナの画像をのぞき込んでいる。「こりゃあ、すごい美人だよ。チャーミングなところを持ってきて、知的ときている。それと、結構、色っぽい。もちろん、健康的な意味だけれどもね」


 嘘つけ、どうせ、下半身的なことだろっ! 同性ゆえに羽生は即座に察知した。先輩刑事の下心を。毎晩毎晩求めてくる相手が、歳若い後輩刑事が毎日すれ違うピチピチの若い美女だったら、と夢想したに違いない。こんなおっさんに、一瞬たりとも、せっかく見つけた女性を会わせてなるものか。そんなことしたら、あとあとイイことなんてひとつもない。首尾よく彼女とデートにこぎつけたとしたって、そのあとすぐに、「いいレストランがあるから、よかったら紹介しようか。彼女もきっと気に入ると思うよ」とかなんとか巧いこと言っちゃって、その実、自分が乗り気なもんだから、「実はその店、紹介者が同席するのが基本条件のうるさいお店なんだよね」とかなんとかこじつけたりなんかして、「実はね、もう、すでに来週予約してあるんだけど・・そうそう、奥さんと息子と三人で。だけど、せっかく、羽生君が大切な彼女だっていういんだったら、所帯持ちの先輩として、一肌も二肌も脱がないってわけにはいかないでしょ、やっぱり、江戸っ子として」かなんか、調子のいいこと言って、結局、自分が若い柔肌ほしいだけじゃないのか。第一に、一肌脱ぎたいのは自分自身なんじゃないのか、この野郎、ふざけたこと妄想しやがって・・・




 朝っぱらから、にやけ顔だったはずの羽生刑事が、いつのまにやら、だんだんだんだんと、ゴキブリでも嚙み潰したかのような、えもいわれぬ形相になっていった。これには、相対していた梅宮も不可思議に感じたようで、


「どうしたの? なんか、気分でも悪くなっー」


 すると、乾坤一擲、


「冗談じゃない」あらぬほうを凝視して、羽生が言い放った。その剣幕たるや、まるで歌舞伎の荒事のよう。


「なんで、梅宮さんがチェックする必要なんてあるんですか? ヘンな気、おこさないでくださいよ。僕一人で、十分なんですから」躍起になって反対する羽生。冗談じゃない、ふざけるにもほどがある。人の彼女候補を奪おうなんて、盗人猛々しいぞ。


 すると、いつもは羊のようにおとなしい男が、まるで般若のお面のように目を剥き髪を逆立てんばかりに抗議してきたものだから、さすがの先輩も、若者の内心を汲み取ったようで、


「いやいやいや。ごめんごめん。なんだか、よけいな誤解と心配を与えてしまったようで悪かったね、羽生君」ととりあえず、姑息な大人の知恵で、相手をなだめにかかった。「見るだけ見るだけ、見るだけならいいでしょ、ねっ。見るだけなら。六本木テレビの大森美佐似っていうもんだからさ、こっちもちょっと、ホンキになっちゃって」


「本気になるのがおかしいでしょ」とここぞとばかりに体全身で吠える羽生に、


「まあ、そうなんだけどね。せっかくだから、それなら、一度は拝んでおかないと、と思ってね」


「拝む必要なんかないですよ。『子連れ狼』の主人公じゃないだから。拝む必要なんか。ほんとに拝みたけりゃ、芝の増上寺でも愛宕神社でも、大崎の居木神社でも、戸越の八幡様でも、池上の本門寺でもどこでもお参りしてくればいいんですよ」一気に捲し立てた。


 そこまで後輩に言われてしまってはどうしようもない。素直に、


「そうだね、ごめんね。変なこと言っちゃって」謝る梅宮だった。しかし、それでも、まだ、


「ただね、いくら美人でも、顔だけってこともあるからさ」


「だから、やめてくださいって」ほとんど涙目になって、先輩の横暴を止めようとするので、


「冗談だよ、冗談。そんな、落語の与太郎が犬にふんどし盗まれたような顔しないでよ」


 まったく、若い男は、好いたらしい女ができるとすぐ これだ。まったく、一途になって、まわりがみえなくなってしまうから始末におけない。この調子だと、羽生は、女の子のためなら、大崎警察の前をストリーキングしろと命令されても、後先考えず、本当にストリーキングしかねないね。やれやれ、結婚前の男は疲れるよ。梅宮は自身の体験を思い出しながら、


「それじゃ、仕事も手につかないんじゃない」


「ええ、 幸い、 今日も暇で良かったですよ。 大概、 刑事って仕事はサボろうと思えば いくらだってサボりますからね。 恋路についていくらだって考える時間が有り余ってますから」


「 ちょっと人聞きの悪いことを言いなさんなよ」


「 大丈夫ですよ。 刑事課には 刑事 しかいませんから。漏れる心配もありません」


「そうだけど、内容が内容だよ。刑事はいくらでもサボれる、なんて、世間に知れてみろ! それは袋叩きなんてもんじゃないぞ」


「すいません。とにかく、彼女と目が合ったんです。こっちが電車を下りて、彼女とすれ違う時に。向こうも意識しているってわかったんです」


「よかったじゃないか」


「ええ、実はもう、一か月くらい同じ状況なんですよ。都営地下鉄浅草線の五反田駅で下車すると、その時間、すれ違いで車両に乗ってくるんです」



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